この外側で起こることが本番~「ジョーカー」(2019)~

 

https://www.youtube.com/watch?v=C3nQcMM5fS4

 「ジョーカー」、見ました!

 

 笑いの発作が止まらなくなるという病気を持ち、不安定な職業で母親の面倒を見ながら生きているさえない男(夢はコメディアン)が、とあるきっかけで殺人をしてしまい、それがなぜか「社会の不公平を糾弾する義賊の行いだ」という社会的ムーブメントを引き起こしてしまう。しかし、それとはあまり無関係に男の転落人生は続いていく。たしかに運や境遇に恵まれなかった男だが、その不遇を招いているのは彼自身だと言われてもしょうがないのかもしれない。そして暴力はエスカレートしていき、最後には……、というお話。

 

 まず個人的な感想を述べると、突き放して見ることはできない話でしたね…。自分、そして環境の複合的な要因によって、あらゆることがうまくいかなくなり、それで破滅的な感情になっちゃって負のスパイラル……、最終的には何らかの暴力や破壊的な行動に繋がってしまう、というのはこの映画に比べるとささやかな規模ですが、自分の人生のなかでも、実際にやる側として経験したことがある苦さである。そしてあれが最後だったと言える確証もない。

 

 この作品のなかでは主人公を「ジョーカー」にさせようとするさまざまな物語上のチェックポイントがあるのですが同時に、彼を最後の結末に至らないよう救い上げてくれそうな蜘蛛の糸もいくつか用意されていて、それを振り払ってしまう様子が丹念に描かれるんですよね。見終わったときには「僕はそういえばひとつつかむことができたな。そして、どれもつかむことができなかったということもありうるし、それを破滅的なケースとして描いたのがこの作品なのかな」と、なんとも言えない気持ちになりました。

 

 逆に客観的な感想を言おうとすると、……でもなんかこう、美学的にここがよくできていてここがダメで、みたいなことは考えないほうがいいような作品のような気がしている。偉いポイントというのはこの題材をいわゆる「両論併記」に近づけた形で描いていて、作品の外側に人々がこの作品について語る、話題を設けたところだと思うんですよね。

 この作品の最後で起きた、最大級の破局とおなじことが現実に起きる前に、このことについて話題を設けたということ。ヒット作になって多くの人がこの映画を見て、何らかの気持ちになり、喋る喋らないにかかわらず何らかの印象を得たこと。その大きさが計られるべき*1もので、作品の内容自体には「これをうまくやり切った」以上のことを負わせるものではない気がします。

 

映画『ジョーカー』本予告【HD】2019年10月4日(金)公開

 流行りを過ぎた作品ではありますが、まだいくらでも見ていいと思います。何度も見る人はそんなにいない*2気がするので、はじめて見る人がチャンスです!

*1:逆に言えば、この題材を素材を損なうことなく調理したという良さがある。

*2:映像の快楽にあふれた作品というわけではなさそう。