ゴールデンカムイ 31/野田 サトル | 集英社 ― SHUEISHA ―
『ゴールデンカムイ』、さきほど全巻読み終わったところです。面白いとは聞いていたのだが、本当に面白かった。
雰囲気的には、……まあ西部劇なんてパロディでしか見たことないので例えるだけ損なのですが、日本を舞台にした西部劇といった感じだった。西ではないので「北部劇」かな。
人の住んでいる町と、気を抜けば襲い掛かってくる未開拓の原野があり、中央の統制を離れた半独立の政府系勢力と、土着の有力者や力自慢・技自慢、独自の暮らしを営む先住民、そして、文明から放逐されたならず者たちが登場人物で、それぞれの目的のために交わったり、戦ったり*1する…、みたいなところ。
言われてみればたしかに、歴史の上でのある一時期の北海道にはそういう「開拓地のロマン」を展開する舞台としての素地があって、そこに目をつけて大傑作を作ったのはかなりの偉業という感じがある。
物語は非常に緻密に作られていて、誰がいまどこにいて何を目的にどうしていて誰のどの情報をどこまで知っているのかを把握しながら読んでいくのはけっこう大変。細かい展開にもいろいろな伏線やアヤ、皮肉が仕込まれていて、「これは覚えておかないと、後で出てきそうな話題だな…」とか「これはあそこのあれがこうだったってこと?」とかなりながら読む必要があって、読書の快楽をとても感じられる。
キャラクターも魅力的だし、急に料理漫画みたいになったりまんが日本の歴史みたいになったりする文体のオリジナリティもすごい。活動写真のところとか完全に1話だけこち亀になってたぞ。
語りのレベルでも非常にいろいろな工夫が凝らされていて、偽歴史を扱う手つきとか全編にわたる非現実的なギャグとかと合わせて、ポストモダニズムの香りがしますよね。やっぱ個人的にはポストモダン文学に育てられたみたいなところがあるので、読んでいて「水が合うな~」という感想でいっぱいだった。
フェミニズムだったりコロニアリズムだったりと、いくつかのアイデンティティ批評的なポイントもクリアしているのもえらい。そのうえでお説教的な要素も(入れようと思えば入れられたと思うが)あまりなく、ストイックにエンタメ作品に仕上げている。人を選ぶ材料を有形無形にいろいろ混ぜ込みながら、最終的におそらく誰の口にも合うであろう作品に仕上げられるのって卓越しすぎで信じられないですね…。
バトルも、からっとしてシビアながら、見どころを必ず作っていて良かったですね。戦いに淫しているような感じではなく、全員が一直線に目の前の相手を殺しにかかっていて、決着はそのときのシチュエーションだったり一瞬の機転だったり、運命のいたずらにゆだねられるという感じ…。なので長いバトルはあまりないのだけど、それでも間や説得力を持たせる工夫がたくさん凝らされていてテクい。
戦いのテロワールに敏感なのも良かった。格闘ゲームではかならずステージを選ぶじゃないですか。あれと同じようにバトル漫画にはだれと戦うか? どんな技を選択する? とおなじくらい「どこで戦うか」が重要なのですが、それを意図をもって組み込めているバトル漫画は意外とないんですよね。
いくらでも褒めるところはあるが、逆に悪いところは、すべてにおいて計算が勝っている語りでありちょっとウェルメイド感がる、またギャグも面白いんだけどストーリーにたいしてメタな位置に置かれているものが多いので、それも手伝って、ぐっと没入するような作品にはなっていないと思うのだがそれが、……まあでもそれはそういうものでいいか。悪いところないです。
あるとしたら、なんかストーリーが破綻だらけ(ここでこいつが〇〇した理由がない、ご都合主義だ! みたいなのがよく見るとけっこういっぱいあるとか)だった、とかでしょうか。あってほしくないので考察サイトとかあまり見たくないな。
最後に萌え目線で好きだったキャラを3人挙げて終わりにします。
尾形百之助
あまりにもひねくれていて、でも猫目で謎めいていてかわいい。でもひねくれすぎているので、この物語がハッピーエンドを迎えるときにそのエンドにはこいつはいないんだろうな…、感がずっとすごいので推していると切ない。コノヤロー!泣
鯉登少尉
出てきたときは何だぁコイツ!という感じだが、キレキレのギャグとコマにいたら嫌でも気を止めてしまう抜群の存在感でだんだん気になってしまう。そして物語のメイン舞台に上がったあとの役回しよ…。こんなん好きになっちゃうって卑怯だ。
海賊房太郎
ちょっと出てくるタイミングに恵まれなかった感もあるが、でもこういうおおらかで楽観的で仲間も少し引いてて、でもそのすべてが繊細なハートの裏返し、みたいな2.5枚目の男は大好きだ。アーヴァイン・キニアスとか榎木津礼次郎みたいな感じか? 登場が少なかった分スピンオフ主人公を狙えると思うので、海賊房太郎主人公の領地経営SLGとか出してほしいですね。
*1:主に銃で。