嘘をついてしまってごめんなさい。

 

 HUNTER×HUNTERのビスケによれば、嘘つきには「意味のある嘘しかつかない」タイプと「意味のない嘘もつく」タイプと2通りがいる。ビスケとキルアは前者、ヒソカは後者らしい。僕は後者であるが、しかしたんなる後者ではなく、願望としては3つ目のタイプでいたいと思っている。意味のない嘘はつくけれど、意味のある嘘はなるべくならつかずに済ませたいのだ。

 

 子供のころは自分の身を守ったり誰かを出し抜いたりするために嘘ばっかりついていて、それでかなり痛い目を見てきた。嘘は単に道徳的にそこまで良くないというだけではなく、ふつうにコスパが悪いということを、経験から学んだ。

 

 学び、心がけてはいたんだけど、つい最近目が覚めるような大嘘をついてしまった。それがこれだ。

 

 その日僕はみなとみらいにある横浜美術館に行っていて、そこで明らかに内定式参加者だとみられる初々しいスーツの集団がいた。内定式だ…、と気づいた瞬間、ああ、俺も内定したかったなあ…、という切実な気持ちが内側から湧いてきて、止めることができなかった。

 

 美術館のなかで、ビルの内側の待機スペースのように見える場所を探して、遠目にスーツっぽく見える服装の人が映り込むまで待ってシャッターを切った。内定式という言葉は知っていたけれどそこで何をするのか、いつごろ始まっていつ終わるのか、そこで内定者はどんな気持ちになるものなのか、なんの考えも浮かばなかったので文面は最小限にした。ツイートボタンを押すといいねが、ひとつ、ふたつとつき、通知が良心の呵責となって僕を苛んだ。

 

 その夜、高校時代の旧友が会社の食事会を切り上げて「飲みたいから飲もうぜ」と僕を誘ってくれた。指定されたのは一杯2000円くらいは平気でするオーセンティックなバーだった。「内定を祝うためにおごろうと思って…」僕は本当のことを告げた。僕はフリーターで、いまは仕事の都合もあって可処分所得が月1万円ぐらいしかない。僕は水を飲んだ。

 

 そのあと、23時ごろにまたべつの友達から電話がかかってきた。「今からひま?」と。暇ではあった(フリーターで、翌日の仕事は夕方からだった)し、彼は中国地方の大学院生で東京にいるのは珍しい。せっかくだし会うのもやぶさかじゃないな、と思って言われるがままOKした。「おっしゃ。じゃあ、俺今浜松町で暇してるから」

 

 浜松町に向かう山手線のホームで気づいた。よく考えると、こいつがこの時期に東京に来ていて浜松町にいるということは、……ひょっとして内定式帰りでは?

 

 結果はそのとおりで、「どうせお前は内定式でも馴染めてなくて二次会とか行かず暇してそう。おなじ内定式勢で飲もうと思って声をかけた」と言われた。馴染めてないとかは余計なお世話だし、そもそも前提が間違ってる。でも仕方ないし終電も近いので、さっさと始発まで飲める店を探した。新卒の給料で住むにはどのへんがいいか?などといった話題で盛り上がった。

 

 そんな10月1日だった。やっぱり嘘をつくのは良くないと心から反省した。僕は今まさに未来が狭まっていっている際の怠け者だけど、経験から学ぶことはできる。来年は内定できるように頑張りたい、そう胸に誓った。