先生は死神なのかもしれないな


 先生は死神なのかもしれないな。五校時の算数の授業中に、ふみか先生が静かに教室のドアを開けた。音をたてないように、というつもりだったのかもしれないけれど、生徒は全員ふみか先生のほうを見ていたし、担任の前川先生も授業をやめた。生徒のほうを見ないようにして、ふたりは顔を突き合わせてひそひそと話をした。話のあと、僕だけが呼ばれて、教室を出た。ふみか先生の顔は笑っているようにも怒っているようにも見えた。間違った表情をしているって自分でもわかっているような表情をしていた。僕だけが、なにごともなかったようにいなくなった教室で、授業はいまも続いているんだろうか、なにごともなく、と思った。

 

 その前にこうやって連れ出されたのは3か月前のことで、そのときのことはあまりおぼえていない。気づいたら職員室にいて、ふみか先生のフィットの後部座席に乗っていて、一度コンビニで止まって、ふみか先生はレモンティーを買ってくれた。ふみか先生のことを好きになった。そのあと病院についた。

 

 お父さんが死んだあと、お母さんは泣きやまなかった。3か月間ずっとだった。一度だけ泣き止んだことがあった。僕をささやき声で呼んで目の前に正座させて、お母さんは言った「パパが死んじゃって、悲しくて、もう涙も出てこないの」「お母さん、泣かないで」お母さんは泣いていないのに、僕はそう答えると、お母さんはすこし怒ったような顔をして僕に言った。「ママはね、パパといっしょにいたいの。パパのところに行っちゃうかも知れない。そのときは優大もいっしょに来てくれる?」「行きたくない」僕がそう答えると、お母さんはまた泣き出した。その次の日から、僕は学校にまた行くことになった。お家には帰らず、おばあちゃんのお家から学校に通った。

 

「おばあちゃんのお家から通っているの?」
「うん。遠いから、車で送ってもらってる。なみえ姉ちゃんっていうお姉ちゃんがいて、仕事にいくついでに送ってもらってる」
「おばあちゃんの家はどう?」
「ふつう」
「ふつうなんだ」
「ふつう」

 

 おばあちゃんの家に着くと、親戚たちが集まっていた。みんな呆れたような悲しいような表情をしていた。だれも泣いていなかった。親戚たちはみんな、お父さんとお母さんのことが嫌いだった。たまに会うときにもすぐに帰ったから。僕は嫌われているわけじゃなかった。お菓子とかジュースをくれた。僕は座っているだけでよかった。男の親戚の人が、僕を肩車したりした。「なんでこんなことになるかなあ」「ふたりとも頭がおかしかったんだよ」そう話しているふたりの間に割り込んだ。「頭がおかしかったから、お父さんもお母さんも自分で死んじゃったの?」おばあちゃんが手をつないで、僕は外に遊びに行くことになった。公園に行くまでの間に、一瞬のスピードでおばあちゃんをまいた。

 

 道路に見覚えのあるフィットが止まっていて、なかではふみか先生が泣いていた。僕はふみか先生のことが好きだった。「開けて」っていって、ふみか先生がびっくりしながら開けてくれたから、僕はふみか先生のことがもっと好きになった。泣かないで、って言って背中をさすってあげた。ふみか先生はもっと驚いたみたいだった。

 

 先生は死神なのかもしれないな。先生に連れられて教室を出るときに、そう思ったってことを話すと先生はもっと泣いた。「わからないんだよね。ごめんね。悲しいよね。優大君も泣いていいんだよ。悲しいときは泣いていいんだよ」と言って、悲しくはなかったけれど、先生が泣いているのが悲しくて僕も泣いた。僕はふみか先生が好きで、胸につかまってぎゅっと抱きしめた。