ひとつながりの総合小説~エリック・マコーマック『雲』~

 

他人が開かれた本だと期待する方がどうかしている。

 

雲 (海外文学セレクション)

雲 (海外文学セレクション)

 

 ちょっとまえに友人から「スティーブ・エリクソンと若干ポール・オースターに似てて、去年の私のベスト読書に入った本だったのでよかったら読んでみて」「エリクソン好きじゃなかったらごめん」とLINEがきて、そこでおすすめされたのがエリック・マコーマックさんの『雲』という本である。

 

 個人的にはスティーブ・エリクソンは読んだふうな雰囲気を出しているが実際は読んだことのない作家で、正直スティーブン・ミルハウザーとの区別もあまりついていない。ただ、ポール・オースターは、めちゃくちゃ読んでいるわけではないがそれなりに好きな作家で、友達のベスト読書だとも言っているし、まあ読んでやらないこともないか、と思って読んだのだけど、これがもう本当にめちゃくちゃ面白かった。

 

我が家に夕食の客が来るたび、我々は理想的な夫婦のようにふるまった。実際、私たちは二人とも、迫真の演技をすることをある意味で楽しんでいた。まあそういう夫婦は多いのだろう。

 若干のポール・オースター風味というのは納得がいったが*1、それだけではなく、もっとさまざまなテイストが織り込まれている小説のように思った。

 結婚生活を描いた章は、家族のなかのひとびとの秘密に繊細に迫るイングランドの古き良き結婚小説のようだったし、青年時代の傷心と当てもない放浪を描いたあたりはビート・ジェネレーションの旅行文学のようにも読める。

 

 全体的な物語はひとりの人間の半生を描いた固い教養小説の枠組みが使われている。と思いきや、「鼻を見ることで人間のすべてがわかる」と主張する治療院の医師が意味深に出てくるところなど、ポストモダン文学の香りがするエピソードもふんだんにちりばめられている。『黒曜石雲』という謎の本との出会いから始まる導入部分は碩学な作家が書くような「本についての本」って感じで、けどその『黒曜石雲』の内容は、起こりえない不思議な出来事を客観的に描くマジック・リアリズムだ。ダンケアン周辺の街の悲劇をミリアムが語るあたりは、ミニ『見えない都市』といってもいいと思う。

 

 ほかにも伏線が見事なミステリ風の小話だったり、20世紀後半のアメリカ文学っぽくパラノイアを描いてみたり、ゴシックだったりロマンスだったり、……とにかくいろいろなテイストが、……まろやかなひとつながりの小説となっている。

 

 でも、それが本来あるべき姿ですよね。消費者としてはそれが楽だから、というのもあるけれど、作品というものはおおそよ、その作品の世界のなかに存在した多様な物事のうち、その作品の属するジャンルや雰囲気に合うように切り取られた部分だけをふだんは楽しんでいるわけで。

 そうじゃなくて、一人の人生にはモダニズムポストモダニズムも、ロマンスもゴシックも悲劇も喜劇も暴力もケアも、たくさんのことが含まれていて、そのひとつながりのなかに、謎も含まれているんだよ、っていうことや、そのことの心地よさを改めて確認させてくれる小説だと思いました。とても面白かった。

 

*1:傷心から、自分を知る人が誰もいないところへ行こうといきなり船員になるところとか、船のなかで図書室の主と仲良くなるところなどはポール・オースターが書いていてもおかしくないエピソードだと思う。