グッド・イヴニング
陸上競技部のキャプテンだった鎌やんは
英語の時間に「Good morning!」を
「善き朝」と訳して笑われた
苦手の授業が終わった善き午後
鎌やんは、打って変わってメガホン片手に
「練習に出えよ!」と
寮にひそむ惰弱な部員を探し歩いた
それから学徒出陣で
小隊長として真っ先かけて戦死した――
今宵やさしきイヴニング
五十年後の惰弱なじじいは
とがった月に鎌やんを想い
Suddenly とつぜん
微光遍く「善き夕方」の奥へ駆けこんだ
https://www.amazon.co.jp/dp/4309901875
阪田寛夫さんという人が書いた、『含羞詩集』という本を読んでいたのですが、とてもよかったので紹介させてください。「おはよう」とか「はじめまして」とか「カンパイ!」とか「バーカ」とか、それ自体にはあまり深い意味のない、あいさつや軽い呼びかけの言葉がタイトルになっている詩がつらつらと収録されている、100ページないくらいの本である。
飾り気が多いわけではないんだけど、しみじみとしていて、深刻な調子ではないのだけど、どこか深い洞察に支えられているような、そんな感じの詩がたくさんあって、どれも面白かった。上掲した「グッド・イヴニング」という作品もそのひとつである。
起承転結の構成があって、読みやすいのがいいですよね。それに加えて、「寮にひそむ惰弱な部員」を叱る、どちらかというと文学青年にとっては「敵」のような存在に、深い愛着を抱く作品になっているのもとてもよい。
庶民的なエピソードを素朴にスケッチしました、という趣で終わるのではなく、起承転結で言う「結」の部分、とくに最後の2行で、はるかな詩的飛躍を遂げるのもいい…。
最初に読んだときには「面白い詩だな」と思いましたが、二度目に読んだときにはちょっと泣いちゃった。皆さんも読むときは、ハンカチを用意して、読み進めてくださいね。
レレレ
地震 強盗 家事 空襲に
いきなり直面したとき
男も女もあまりの怖さに
笑ったように口をあけます
とりつくろって、指示をくだした人もいたけど
レレレと聞こえただけだそうです
詩だけではなく、最後についているあとがきも「含羞」を感じて面白かった。
「実態は改行して書き分けた生活記録だが、さりとて捨てるにしのびず、怠け者の盆栽いじりのように、思い出した時に手を入れ刈りこんでいた」と書いてあったのだけど、生活記録に思い出した時に手を入れて刈りこむなんて、とても楽しいだろうし、文学的素養の使いみちとしてそういうことをするのはとてもすてきだな、と思った。