小説紹介記事のまとめ 2

 

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小説紹介記事のまとめ - タイドプールにとり残されて

 

 小説を紹介したいのでもう一回まとめサイトになります!

 

 タイトルの「たった一人の反乱」というのですら、ずれてしまっていてわからない。作中に登場する人物が、それぞれ自分の人生に降りかかってくるトラブル(ただ、読者からすると、「そんなに大事ではないだろ」というようにも見える)をなんとか乗り越えたりやり過ごしたりして、生活者として人生を生きることを「たった一人の反乱」だと位置づけているのだけど、それは若者を中心に大勢に反動の気風そして実際の行動があたりまえにあった1970年代においてこそ意味があった言い回しであって、今読んだときには、「たった」で「一人」で「反乱」だということの具体的な感慨は、まったくわからないのである。

 

 我々に惨めな暮らしをさせているこの社会のことが、案外嫌いでもない。という感覚があるのが、ひと世代前のこの種の文学とは違う、新規性になっているのである。

 

 とにかくとにかく、今日言いたいことは、このブログを見てくれている人の中にはいずれ『惑う星』を読む人が何名かいると思うのですけど、あらすじは絶対読まないでね! ってこと。とくに劇的な驚きがあるので~、ということではなく、この作品が意図した順番以外で情報を入れたら損なんですよこれは。

 

 これくらいの分量がないと書ききれないというわけではなく、問題は読み手側、これくらいの分量がないとそこに秘められた作者の「狂気」に気づけないというか、この長さにつきあうことでやっとあきらめて腑落ちしようという気になる、みたいな仕組みが働いている気がするのですよね。切れ味ではなくいい意味で鈍さや遅さが似合っているというか。

 

 詩人としてデビューしたこの作家の文章はいたるところすべて美しく、またそういう作家にありがちな無軌道さはなく、連作短編としてひとつの構造物になっている。そのうえ、一本一本はショートショートくらいの分量なのですが、それぞれ話としてきれいにまとまっている。文学的な美しさと、社会的な視点とが両方とも高いレベルで組み込まれている。

 

 『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』は本当にたいしたことのない、ユーモアにあふれた人々の姿がたくさん描かれた軽い「釣り」小説で、この本を読み終わるときに読者は、楽しく釣りをしているだけのなんてことない人生が、戦争や強制収容所双極性障害といった、人生に降りかかってくるままならない害悪に、ひっそり打ち勝つことができる、ということを切実に感じることができるんですよね。