衰退人類ディストピアほんわかブルーワーキングSF物語~岩岡ヒサエ『土星マンション』~

 

 今回は、ネタバレ…、というほどではないですが、中盤以降の話の展開について少しふれます。ただ、中盤以降この話がどうなるかについて、知って読むときと知らないで読むときでは、ちょっと読み味が違うと思われます。

 

 この大傑作マンガ『土星マンション』を、中盤以降を知らないでverで読む経験を温存したい方は、ここで閲覧をやめていただけると…🙏 僥倖。

 

土星マンション 1巻 岩岡ヒサエ - 小学館eコミックストア|無料試し読み多数!マンガ読むならeコミ!

 

 地球は全域が自然保護区に指定され、人類は地球の周回軌道上に「土星の環」のように建築された、リング型の建造物に住んでいる。そんな建造物で、防護服をかぶって命綱をつけて、外壁に出て「窓」を拭く仕事をする少年のお仕事ストーリー。

 

窓の中に人がいるから窓を拭いているんです。

 すこしずつ仕事をおぼえていきながら、ちょっと素行の変わった同僚や依頼人たちと関わり合い、……昔「窓拭き」の仕事の途中、地球に落ちて死んでしまった父親のことをすこしずつ知っていく。主人公の少年は、ぼんやりと「地球に行きたい」という思いを持つようになっていく。*1

 ……というお話。そんなにめちゃくちゃ有名な作品ではないのではないか、と思うのだけど*2、センス・志・構成・完成度どれをとっても非常に高い水準に到達している、信じられない大傑作でした。

 

 どこが良いのかというと、……見渡す限りだいたいすべてが良いのですが、しいてひとつあげるとするのならば、ほんわかいい一話完結の人情話*3で和ませつつ、同時に全体として「スタートとゴールの決まった1本のドラマ」をしっかりと構成しているところ。

 変な柄のTシャツとか、卵の殻アートとか、そんな愛らしい小道具やナイスなキャラクターと過ごす窓拭きの仕事の毎日を、変わらない日常を永遠に見ていたいと思ったタイミングで、それまでの日常にすこしずつ置かれていたピースが、いつのまにか地上へ降りるための「着陸船」に組み上がっていくんですよね。

 

 オチ、そしてエピローグまですべてがいとおしくて美しい。こんな作品、みたことない。

 

 個人的には、父親を早くに亡くした主人公が父親の仕事仲間に囲まれて思い出話を聞いて、それで、「全然知らなかったけど、父親ってそういう人だったんだ~」と納得したり、そのついでに父親の穴を埋める小さい何か、として父親の仲間たちに可愛がられたりするところが、(自分の人生でもそういう経験があったということもあり)非常にほほえましく見れた。

 

 キャラクターも、どのキャラも非常にヒューマニスティックに、人間味あふれる形で描かれていて、とくには「真」さんが(全員だと思うけど)好きですね。最初から最後まで、この物語に目立った要素を加えている。

 

 

 全7巻とコンパクトなのもいい。特別な理由がない限り読んだほうがいいです。

 メディアミックス映えもめちゃくちゃすると思う。アニメ映画制作委員のひと見てますか? いい原作、あります。

 

次回予告

 昨日「月」、ときて今回「土星」だったので、明日はブルーノ・マーズの話でもしようかな。

*1:ちなみに土星は出てこないので「土星が出てくる作品はどうしてもちょっとニガテ…」という人にもお勧めできます。

*2:実際個人的には手に取るまで聞いたことなかった。

*3:ただ、べたべたに「いい話」ではなく、微妙に皮肉や切なさや笑いの薬味を利かせていて、食べ飽きない。