このボリュームにつきあうことで読む側があきらめきれることがあり~ジョン・ファウルズ『マゴット』~

 

ホックネルは宗教と同じく政治に対しても強硬で過激でありました。D氏の言葉を借りれば「樽の中の塩漬け鱈のように偽の自由にひたっている」ということで、どのような者かお分りになるでしょう。そしてD氏がホックネルを辞めさせた時、彼は思わず叫んだそうです。「誰でも雇った者に対して命令を下す権利は持っている。だが、王や議員ですら、その魂を雇うことはできない」と。

 

18世紀イングランド、森で発見された若者の縊死死体、黒ミサの儀式、世界終末のヴィジョン、楽園幻想。ミステリ・SF・歴史小説などの手法を駆使して、言葉の魔術師ファウルズが紡ぎ出す驚異の物語。

マゴット|国書刊行会

 

 『マゴット』を読みました。とても面白かったし、人生の中で「そういうやり方もあるのか」と長く印象に残るタイプの作品だったと思うのですが、わからなさもすごい。内容が難解というより*1は、なんでこんなことをしようと思ったのかがよくわからないというタイプ。それは作者も承知しているようで、前書きで説明というか弁解があるんですよね。「これを書かなきゃいけないという気持ちにかられたのだ」みたいなことを。

 

 芸術家だな~とは思って尊敬の念は感じるのですが、だからと言って、このモチーフをこのサイズの小説に膨らませたことが理解できるわけでもなく。でも、これくらいの分量があることによってなんとか成り立っている、成り立つためにはこれくらいないといけないような作品でもあるのが憎いところである。

 これくらいの分量がないと書ききれないというわけではなく、問題は読み手側、これくらいの分量がないとそこに秘められた作者の「狂気」に気づけないというか、この長さにつきあうことでやっとあきらめて腑落ちしようという気になる、みたいな仕組みが働いている気がするのですよね。切れ味ではなくいい意味で鈍さや遅さが似合っているというか。

 

Q しっかりと抱いてくれたのかね。
A ええ、友達か仲間のように。娼館で暇なとき、みんなでふざけて抱き合ったりしたように。
Q 続けて。
A そして何よりもびっくりしたのは、おおきなマゴットの頭の前方、部屋のいちばん奥が突然窓となっていたのですが、そこからわたしたちはまるで鳥のように大きな街の上を滑空しだしていたのです。

 

 長いし、文章そのものの持つ快楽がとてもあるというタイプの作品ではないため、けっこう読むのは試練である。ただ一方で、作中の多くの部分はQ&A形式になっているため、意外とページは進むというのと、「謎の旅人たちの本当の目的は何なのか?」というのをさまざまな関係者の証言をつき合わせてすこしずつ暴いていく、というエンターテイメント性が高い手法*2でやっているので本当に最上級に読みにくい、というわけでもないです。

 なかなかこういう手口の長編小説は例がないと思うので、小説好きだったら一生のうちのどこかで読むのはかなりありだと思います。おすすめでございます。

*1:難解でもたぶんあるのですが。

*2:あくまでひきこむ手法についての話で、謎解きの内容についてはエンタメ性を期待してはいけない。