1冊目に読んだら意外とはまるかも~西崎憲『ゆみに町ガイドブック』~

 

 「ゆみに町」に暮らす小説家がいて、彼女は物語というよりはその枝葉や表面の部分にある詩、風景や光景みたいな断片的なもののほうを好んでいる。その彼女が暮らすゆみに町のことや、彼女の生活歴、そしてゆみに町で見聞きした種々のエピソードが語られていく。

 同時に、このゆみに町には「雲マニア」という、「記憶子」を操作して町の形を整える仕事をしている人がいて、その「雲マニア」が仕事上で横着して起こした失敗(→ゆみに町には深刻な不具合が……)、それと小説家の空想の世界「ディスティニーランド」にて虐殺から逃げつつ「クリストファー・ロビン」をさがす「プーさん」の話も描かれますよ~、という小説である。

 

 「何なんじゃそりゃ~」と思う人もけっこういるかもしれない。でも、「ああ、こういうタイプの小説か」となんとなくわかってくれる人もいるかと思います。

 

 想像した通りでだいたいあっている。シュールレアリスティックな世界と、若干不思議だけど現実世界と似ている世界、……複数の世界を作中で並列させて書いて、夢とか、想像力とか、井戸の底とか、なんらかの物語的仕掛けで複数の世界を関連させる。そうすることで、シュールレアリスティックな世界が現実の世界にとって、寓意を持つように感じられる、そのふたつの世界のハーモニーで読ませる、というような設計を持っている作品である。

 

 こういう設計を持つ小説は日本のコンテンポラリーの文学にはけっこう多いので、これが1冊目になるという人はそんなにいないんじゃないでしょうか。なので読むときは、類似の諸作品と比較してどうかという話になってくると思う。

 まあ、それはそれとして。

 

 こういう設計を持つ小説のうち、最初に読むのがこれ。だとけっこういい入門になるのかな、と個人的には思いました。

 「わかりにくい」ことが売りになるタイプの作品なのだけど、そのなかではけっこう読者にやさしくて、重要なリンクポイントでは「ここを考察してくださいね」とヒントをくれるような書きかたになっている。ちょっと退屈で流し読みしても、内容は十分把握できると思う。文体もときおりリリカルだが、基本は欲を書かない散文で読みやすい。単行本200ページくらいですっきりと終わっているというサイズ感も完璧だ。

 

 夜に夜を継いだ世界で尽きることのない観覧車の森をプーさんは走り続けた。何日が何週間になり何週間が何箇月になっても逃げ続けた。生きるということは逃げることで、逃げるということは旅をすることだった。

 プーさんの左耳はない。ある時ワイルドハニーバニーに切り落とされたのだ。

 クリストファー・ロビン

 プーさんは口から甲虫を吐きだす。忠誠を誓わされて口に含んだものだった。そのかわりに堅い木の実を口に押し込む。

 というわけで、「こういうの読んだことないよ~」という人にはちょっとおすすめかも。でも、読書メーターとかのレビューを見ていると「わからなかった」「僕には早かった」みたいなのがたくさん投稿されているので、べつにおすすめではない可能性はあります。僕はおすすめだと思います。