ヨコケン、ミタゾウ、クロチェ~奥田英朗『真夜中のマーチ』~

 

 「上前をはねる」喜びを若くして覚えたうさんくさい青年実業家「ヨコケン」、「三田財閥の御曹司」っぽい名前を持つだけのうだつの上がらないサラリーマン「ミタゾウ」、「港区以外では呼吸できない」お金持ち女「クロチェ」の3人が、ひょんなことから出会って、おたがいをあだ名で呼び合いながら、詐欺師からの10億円強奪を目指して東京都心をあちらへこちらへ駆け巡り、いろいろ頑張るよ!というお話。とても面白かった。

 

 物語の本題となる「10億円奪取計画」が出てくるのはストーリーの半分くらいからで、それまでは、このどこかそれぞれにアウトサイダーな3人が出会って同盟を組むまでの話をやるのだけど、それがとても面白い。

 とくに昔からの知り合いというわけでもなく、出会いのきっかけもまったく友好的ではないやつらの、ちょっとビジネスライクだけど息の合っている関係性、というのが目の前で組みあがっていくのが見れて「ええなあ~」となります。

 

 どこかで映像化を意識して書かれている小説っぽくて、そうなったときに映える演出が多い。とくに、「鉛筆削り器」のジェスチャーをする部分はワロタ。それは面白いだろ。

 ただ、終盤部分はステージ移動がいっぱいあったり、あっと驚くアクションがあったりと映像になったらめちゃくちゃ面白いだろうなというシーンの連続なのだけど、文章だけだと「読者の集中力をひきつけ続ける」っていう点では、この小説のこれまでとは同程度の水準にはなっていないかなと思った。「小説という媒体で表現できること」から逆算して展開や演出を決めるのではなく、潔くそこは切って映像化前提で作っている感じである。

 

 個人的にはあまり小説を読むときに場面を映像でイメージしないタイプなので、ちょっとテンサゲだったけれど、「イメージするよ!」というタイプの人は問題なく楽しめると思います。

 

 お行儀のいいひとはいないけど、ヘイトを集めるような悪人も出てこない。全体的にテンポは軽快で、ギャグも好調で、キャラクターも魅力的。*1読んで損したなあとなるひとはいないくらいの傑作なのではないでしょうか。

 

 調べてみたら2007年にWOWOW制作で映像化されていた。が、あまり評判が良くないですね……。レビューを見た感じだと、ちゃんと作られてなさそうな雰囲気がすごくする。*2

 

 リメイクもぜんぜんありだと思うけど、いまはこれ系だと「コンフィデンスマンJP」でいいだろとなっちゃうのかな。

*1:あと個人的にはダルい恋愛要素がないのもうれしかった。それでいてじつはあるキスシーンもアセクシャルでとてもいいキスシーンだった。

*2:せっかく映像的においしい余白をいっぱい残してくれてる作品なのに。