女性警察官であるとはどのようなことか~ローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』~

 

わたしは叫びたくなったが、それは仕事のマニュアルには含まれない。

 『あなたに不利な証拠として』を読んだ。リンクは文庫版を貼っているが、読んだのはハヤカワ・ポケット・ミステリのもの。

 ここでハヤカワ・ポケット・ミステリあるあるをひとつ言わないといけなくないのであればとくに言うことはないです。もし、言わないといけないのであれば、ハヤカワ・ポケット・ミステリってペーパーバックで一瞬手軽そうに見えるけど中二段組で読むとなかなか重いですよね。

 

頬にあてた銃を下へすべらせ、唇に押しつける。絶対に避けたいのは、的を外して即死できないのに重傷を負い、出血多量で死ぬことだ。もしくは死にきれないことだ。

 

 タイトルの印象だと「法廷ミステリかな?」だけど、実際はブラックでハードボイルドな警察小説である。警察組織の建前と本音の部分、犯人と対峙するときの生死をかけた心境、男社会のなかで女性として働くこと、銃で人を撃つこと、などのテーマが簡潔なエピソードにのせて感じるもの多く描かれる。

 

 短篇集で、ストーリーが比較的作り込まれている短編が2作ほどあるが、それ以外は女性警官として生きるというのはどういうことなのかという手触りをざっくりとまとめたものである。

 描かれかたはリアルというよりはちょっとヒロイックな盛りを多少許容したもののように思える。なので警官というものにどうしても嫌悪感を抱くタイプの人にとってはあまり心地よい読書ではないかもしれない。

 

 しかし、そのあたりを踏まえて共感的になりながら読むのであればとても面白い小説だと思う。

 とくに短篇集のサビともいえる「傷跡」(被害者ケアの専門職員がのちに警官になり、昔彼女も関わったレイプ被害者の女性を「狂言だ!」と断言した男性警官と結婚する話)、「生きている死者」(女性が被害者になった事件のあと「ある儀式」を行うことにしている女性警官たちが、非番中、儀式の最中に犯人に出会い発砲してしまう話)あたりは踏み込んだお話になっていて面白い。

 

ピューマやラットやクマは道に迷うの?」わたしは訊いた。
「すべてのものが多かれ早かれ道に迷うわ」彼女はそう答えて、話題を変えた。

 そんなに深いところにはつっこまないけれど、女性警官としての生の手触りをさくっと短く描く短編を並べたあとに、本番の短編を2つ並べ、エピローグ感の漂う最後の話を置いていて、短篇集としてのまとまりや盛り上がりもうまく仕組まれていると思います。

 

 なかなかこういう、警察であることの苦悩に着目する物語って日本ではあまり見なくて*1、かつ南部の小説で血なまぐさいのと、あとフェミニズム小説として読めそうで意外とそうでもないというところもあり、ぴったりの読者層を見つけにくい小説のように見えますが、だからこそ、ちょっとピンときたら読んでみてもいいと思います。

*1:どちらかというと犯人や被害者の人間ドラマを回す語り役になりがち。