ふかづめはいつもわたしとつながっている~今橋愛『O脚の膝』~

 

 勝手に読んだことのあるつもりでいたけれど、調べてみたところまだだった。読んだか読んでないかはおぼえていてもおかしくないくらい独特な歌集だと思うのだけど……。記憶とはあてにならないものですね。

 

ゆめみても
こいをしても
ふかづめは
いつもわたしとつながっている

 深爪が自分とつながっているものだと言うところが見どころです。言われるまえにはそんなこと考えたことなかったのに、言われたあとには納得してたしかになあとなってしまうことをなんども言えるひと、とてもすごい。

 深いっていう時点で自分のなかに侵入してきている感じがするし、深爪するとずっと意識のどこかでなんとなく気になってしまうところが「いつもつながっている」感なんだと思うけど、そこをとっかかりに深爪をなんか一緒に抱いて寝るぬいぐるみみたいなチャームに仕立て上げるまで行くのが「詩」でかっこいい。

 

恋人がつげるあのまちの空でさえ
はなれては借りた本にもならない

 ひえ~~。これも決まってる、かっこよ。

 「借りた本」をめっちゃネガティブな意味合いにとって、遠距離恋愛の恋人がロマンチックぽくいう向こうの空の話をたとえる、ってすごい切れ味ですね。「借りた本」だけだとぎりぎりポジティブな比喩にもできるんだけど、それは手にとる気が起きない、真剣には向き合えないものって意味ですよ、っていう示唆を文の組み立ての部分でやっていてそれも効いている。

 

ばかみたい。
月のように信じてる
わすれないで
ついてこないで

 これはたぶん、ばかみたいに「信じている」の主語がどっちなのかで、2時間議論ができますね。並行して後半の2行の「で」がお願いなのか付帯状況なのかでもう2時間議論ができます。

 

したうちをされた。
朝は忙しいけど
したうちはしたらいけない

 これは彼女とLINEで話し合って、同棲したら玄関に貼ることにしました。

 引用するとなるとどうしてもエネルギーのある歌を使っちゃいがちだけど、こういう気の抜けた、ちょっとすかしのユーモアのある歌もいろいろあってどれも面白い。

 

本買って少し気分が晴れました
副詞にひかりをあてる本です

 言葉足らずの文体が特徴の歌集なのだけど、どの歌にも最小限のレトリックがあって(この歌では「気分が晴れる」と「ひかりをあてる」の慣用表現ふたつのあいだにある、ライトの類似性)、それがこの歌集のいろいろな歌を単純な文体実験以上の傑作にしている。

 

 とても面白いし、Kindle版とかもあるので、短歌をあまり読まないひとの初手ではないと思いますが、どこかのタイミングでぜひ読んでみて下さいな歌集です。

 

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しろいひじのとこみていたらうすくわらう
それだけでもうどうにでもなれ