nikki_20230126「タイトルがかっこいいから読みたい本」 - 遺失物取扱所という日記を読んで目に留まった、
という歌集を読んでいました。全体的によく意味が分からない。「AがBでCにDをしてEと思いました」というような意味が分かる文章には、必要な組み立てや要素があると思うのですが、要素が欠けていたり、組み立てがばらばらだったりシャッフルされていたり、……といった文章が多くて、言葉の日常的な使用方法とはだいぶ離れている。
短歌としてみても、すらっと読めるものもあるのですが、リズムを崩しているものも多い。
そういった読みにくさで、ひとつひとつの単語やそのつながりの間に読者を足止めさせておいて、そのあいだに歌の単語選びの、意味のレイヤにもある言葉どうしのズレとか距離感を楽しませようとしている、といった狙いがある作品なのかな、と思って読んだ。
トリックが僕の自由を手に入れて死んでも驚かなくていいよ
水上に影を落としたラッパなどさえぎるようにありませんか
例えば、「トリックが~」の歌の場合、単語だけ拾って意味が通るように頭の中でつなげる*1と、「トリックを使って誰かを殺してみんなが驚くよ。トリックを使えば僕は自由に殺しだってできるし何でも手に入るぜ」みたいな感じになると思うのだけど、実際の文章上ではそれとはまったく関係ない、そして意味も取れない形で、でも文法上の規則には一応のっとって単語どうしがつなげられている。
その、単語を見たときにぱっととってしまうゴーストのような意味と、実際に文を見たときに感じる解析不能な感じ、違和感、ズレ、新規性みたいなものが、作家性のすべてのような気がする。*2
ゆるやかな心変わりで幽霊に会えなくなった八月のこれから
道連れの涙の淡い彩に小鳥は満月を踏んできた
眠りたいなら地下室に行けばいい 愚かさが助走のように必要ならば
さざなみに茶菓子を皿に流されて誰の番なら飲めるのだろう
個人的に好きた歌はこちら。(上で言ったようなことが読むポイントなのだとしたら、この好きになりかたはちょっと要点を外したものなのかもしれないが、まあとりあえずこれらが好きです)
「ゆるやかな~」の歌は全体の好調なリズムが幽霊に会えなくなった後で止まるところ、形式が内容をうまく補足していて良いなと思いました。「道連れの~」の歌は前半部分はこんなに陳腐な語選びをしていてどういう効果があるのかよくわからないのだが、「小鳥は満月を踏んできた」というフレーズがかっこよすぎて好き。
「眠りたい~」の歌はこの本の中では珍しく文法が詩の中で実質的に機能している歌だと思っていて、「なら」「ならば」と仮定を二回出すことで暗黙裡に仮定内容部分が同値であることを示していて、「眠りたい」=「愚かさが助走のように必要」という言明がいい詩になっているなあ、と思った。
「さざなみに~」の歌は助詞「に」の二回連続だったり、「茶菓子」以降の言及内容のカメラの動きかたが、「流れ」になっていて、これも形式と内容の幸福な一致に見えました。
深みへと向かう電車は乗客のSF志向で地球を捨てた
でもタイトルを見ていいなと思って買う人が期待するのはもっとこういう歌が本中にあふれているメフィストな一冊かもしれない気がする。