勝部祐子さんの歌集『内乱・わがメタモルフォーゼ』を読んでいた。すごく良かった。
若草の萌えいずる春・猫の恋・直情なるものなべてを愛す
歌集の一番最初に置かれたこの歌が、これからこの歌集でやることを宣言するようなものになっている。自分の「情」に対してまっすぐに向き合う短歌がまずは目について、一瞬滑ってる若書きに見えるのだけど、よく見るとかなり地に足がついている。
魚焼く匂い立ちこむ夕まぐれひとりの部屋へそれでも急ぐ
その前夜ふぶきのようにめくるめく夢みていたる裸身像なり
雪舞いかさくらの舞いか風中にわれは破倫の旗はためかす
マヤコフスキーみたいな感じがちょっとある。若い主張みたいなものを、実際に若い時期から腰をしっかり落として詩にできるひとはなかなかおらず、そういう作品を見るといまでもメロメロになってしまいますね。
うばぐるま草のうねりにゆっくりと呑まれゆきしか ただ猛き草
水仙のめしべあえかに動きいて天の生理をさえざえと知る
日、ひと日、夜を熟して裂くるまでわが研ぐ妬心の
標的 なれ柘榴
まっすぐに主張をしてはっとなる歌だけでなく、しっかり連作単位でモチーフに意味を乗せてまとめた、深く読めるような歌も多く、どれも面白い。
くちびるにルージュをひきてひそやかな生理始まる内乱告知
わが知らぬ性への傾斜こうこうと月
断崖 を照らして濡れり
タイトルにもなっている「内乱」の歌はすごい切れ味だ。ここに来るまでに別の歌で生理というワードが何回か出てきていて、ふつうにいう生理だけではなく、字のもとの意味、ひとの生の理のような大きな意味も響かせるように使ってお膳立てを整えている。*1
というところでこのキラー一首だ。「くちびるにルージュをひきて~」とかなり平凡な始まりを、生理と「内乱告知」という語の合わさりで衝撃的に〆る。内乱というのは自分の内側をかき乱すものだけではなく、世界のなかでひとりの人間が、自己を主張することを表してもいるのだ。宣戦布告である。すると、「ルージュを引く」という行為にある能動性が最後になって際立ってくる。口紅を引いて自分の情とまっすぐ向き合う人間の大きさ、自負が示されていてとてもかっこいい。
「断崖」の歌もすごい。これ思いついたのが僕だったらこれでうまくいくとは個人的にはまったく思えない。濡れるとか言いたくないよね。だけど、それを凄みで乗り切ってめっちゃいい、かっこいい一首にしている。詩がうまいだけじゃこれはできないですよ。自分の主張に対する自信とそこからくる凄みがないと無理。
ちょっと検索してみたけど、そんなに有名な歌人ではないみたい。けどとても面白く、読みどころのある歌集なのでぜひ読んでみてください。
あとがきのエッセイも、「優等生的なことを書いていれば小中学生時代簡単に賞を取れたので短歌をなめていたけれど、この『内乱』をテーマにしたことで、自分をまっすぐに表現できた」というようなことが書かれているのだが、短歌をなめていた時代の歌(実際優等生でとてもうまい)を自分で引用したりしながら語っていてとても面白い。手にとって損はない一冊だと思います。
自己愛をあばかれてのち泣き寝入るわれの乱れよ美しくあれ