熱いハートのキュアおでん~柴田葵『母の愛、僕のラブ』~

 

金木犀 僕はおまえになりたいがなりたい心のまま歳をとる

母の愛、僕のラブ

母の愛、僕のラブ

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 柴田葵さんというかたの書いた『母の愛、僕のラブ』という歌集を読んでいた。とてもとても面白かった。

 

プリキュアになるならわたしはキュアおでん 熱いハートのキュアおでんだよ

 このプリキュアとおでんの歌はこの歌集をレペゼンする作品のようで、どこかでこれだけ切り離された状態で見たことがあった。そのときは、なんか適当というか、人を食ったような感じが作風なのかなと思った。タイトルも『母の愛、僕のラブ』ってちょっとちょけ気味だし。

 

 読んでみるとちょっと違う。たしかに読むがわの調子を狂わせるような言葉遣いはいっぱいあるんだけど、その変な手法でひとの目を珍しがらせるだけを目的としているという感じではない。

 

 キュアおでんの歌も、はいっている「ぺらぺらなおでん」という連作の一部としてみると、ただ言葉のうえでふざけてる歌じゃなくて、けっこう強い、「生活のなかで、自分にできることはささいなことかもしれないけれど、熱いハートとモチベーションをもってやっていくぞ!」という決意が感じられる、意味の交わるところであり深みのある作品になっているのである。

 嘘のように聞こえるかもしれないけど本当なのでちょっと読んでみてください。実際僕、この連作を読んでもういちどキュアおでんの歌を読みかえしたら、アツくなってちょっと泣いてしまった。

 

傘なんて意味をなさない霧雨に全身とりわけ眼鏡が濡れる

捨てられたバケツなみなみ雨を飲みわたしはそれを見て満たされる

大空のような男に「ついてきて欲しい」と言われ 私が女

八月のマツモトキヨシは冷えていて簡易検査の箱はなおさら

包まれた焼き鳥たちを胸もとに抱えて愛は醤油のにおい

欠席をします に丸をつけるとき始めと終わりがうつくしく合う

 連作として作りが綺麗なだけではなく、一首一首も面白い。とりあげる物事に目新しさがあったり、「そういう落ちになるんだ!」みたいなひねりがあったりと、一個読むごとに新鮮に感動できる。読んでいるとつぎの短歌が出てくるのが楽しみである。

 

公園の蛸すべりだいはすり減って蛸を脱したすべらかなもの

 一首としていちばん好きなのはこれかも。「すべりだいがすり減る」というところに着目した作品がこの世に生まれたのが単純に助かるし、すり減ったあとのものを「タコを脱したすべらかなもの」という、具体的な形容ではない、でもなんか「聖なる」感を感じさせる言葉を使って表現したのもきいている。「蛸すべりだい」という謎だけど親しみやすいワードがあるのもアクセントがきいている。

 

 とても面白いので迷ったら読むのがおすすめです。