住んできた町とスーパーの思い出

 

 旅行先とかお出かけ先とかでスーパーに入るのが好き*1なのだが、スーパーの魅力って通い続けないとよくわからない、ってところに本質的な悔しさのある趣味ですよね。

 売り場を見歩きながら、ああ、このスーパーの近くに住んでいたら、あれとあれを買って、……こういう暮らしだろうな、などを想像することはできるのですが結局は想像。そのスーパーの魅力や力を正しく知ることはできないのである。

 

 でも、僕の人生にはそのそばで住みしばらくマイスーパーとして通い、魅力にしっかりと触れたスーパーがいくつかある。今回はそれを振り返っていきたい。

 

住んできた町とスーパーの思い出1:首里首里コープ

 人生で初めて通ったスーパーと言えば「首里コープ」。矢印1の方向にしばらく丘を登っていくと、高校の寮があって、そこに住んでいました。寮では3食出るので、食料を買う必要は本来ないのだが、お菓子パーティをするときとか夜食用のカップ麺とか、あとドレッシングを補充する目的*2でよく使った。

 

 矢印2はモノレールの駅で、ここから通ってくる生徒にとってもなじみ深いお店だったと思う。あと「首里りうぼう」というのもちょっとしたショッピングモールで、文房具とか軽い本とかを見に行くときはここだったのだが、いま見ると直線距離がけっこう近く(矢印4)てびっくりした。3のように歩いて行っていたのだが、2倍近くかかってるじゃんね!

 

住んできた町とスーパーの思い出2:三鷹・新川と三鷹市役所前サミット

 ここのスーパーに関しては実はそんなに思い出がない。生活があれていたので、なんかあんまりちゃんと買い物はしてなかったような気がする。

 

 一番覚えているのは、ここ(学生寮があった)に入居して一番最初、大量の食器とか洗剤とかティッシュとか、あと今夜のカレーの食材とか、生活に必要なものをカートの上下いっぱいにまとめ買いしたときがあったのですが、バカすぎてそれを自分の手で持って帰る必要があるということに最後まで気づかなかったんですよね。

 大袋6個分くらいあったかな…。とても泣きそうになりながら、何度も立ち止まりながら、長い時間をかけて家に帰ったのをおぼえている。人生でトップクラスに長い夜だった。

 

住んできた町とスーパーの思い出3:日野・旭ヶ丘とパワーラークス

 今見るとけっこう遠いな……。

 地図ではダイレックスになっていますが、当時ここにはパワーラークスという生鮮食品も扱うディスカウントストアがあって*3、はまちの柵とか大量のお酒などをここで購入していた。

 どの食品をとっても思わず笑顔が出るくらい安く、……ひょっとしたらここがスーパーで買い物をする喜びを最初に教えてくれた恩スーパーだったかもしれない。

 

 こんなに遠かったんだ、といま地図を見て驚いたが、多分行き帰りとずっとわくわくしていたので、遠いということに当時は気づかなかったんでしょうね。

 

住んできた町とスーパーの思い出4:文京区・白山とクイーンズ伊勢丹

 お、「クイーンズ伊勢丹」がふだん使いのスーパーとは、君もリッチになりましたね、と思うかもしれませんがそんなことはなく、いまのところ*4人生で一番心身ともに困窮していた時期である。

 この「クイーンズ伊勢丹」で買ったのは、半額になった弁当のみ。もとがいい値段がするリッチな、おかずの多い弁当だったので、需要も高かった。半額時間帯が近づくと売り場を徘徊する老人たちがひとりまたひとりと増え始め、シール貼り係の店員が奥から現れると一気に弁当コーナーが満員になる。

 

 その群れに混じって弁当に手を伸ばすのが僕はどうも恥ずかしくて、たまにチャレンジしてハンバーグ弁当などを手に入れるんだけど、それ以外の多くの場合では、ちょっとほとぼりが冷めたタイミング*5。「今店に来たところですよ。ちょうど半額なんですね」みたいな顔をして、売れ残りのゴボウ五穀弁当を拾い、「仕方ないか…」みたいな感情になってレジに向かっていた。

 

 いまでもクイーンズ伊勢丹を見るたびに、そのときの感情が去来する。ふつうは豊かな暮らしの象徴の、ちょっといいスーパーなんですけどね。なんか俺だけさもしい気持ちになってしまうんだよな。恥ずかしい。

 

 みなさんも、住んできた町とスーパーについていつか教えてくださいね。

*1:けっこうこの趣味の人は多くいるイメージ。

*2:ドレッシングのふだん使いはなに? - タイドプールにとり残されて

*3:とはいえ看板を見るといまのダイレックスも実質おなじようなお店のようだ。

*4:これから記録更新があるかもしれない。それが本当に怖く、眠れない夜がある。

*5:飢えても心は貴族だったのである。