じつは8月くらいから仕事をやめていて毎日ひまだった。
はじめのころは時間を有意義に使えていたのでけっこう楽しかったが、だんだん生活リズムは崩れ、なにかをしようと思うとそれがなんであれ面倒に感じるようになってきた。
人生でいちどはやってみたいと思っていた「寝る時間を徐々に後ろにずらしていって一周させる」を実現できたのはうれしかったが、その時期の体はとてもしんどかった*1。寝る時間はまわして遊ぶおもちゃじゃないので、固定したほうがいい。
もちろんお酒の毒も蓄積していき、肝臓は辞める寸前である。
というわけで、職を探すことにした。なんとか拾ってくれるところがあり*2、ひまひま期間も残すところわずかとなった。職種としてはだいたい前とおなじであり、面接で話を聞いた感じだと僕でもまあまあ戦力としてやっていけそう、とのことだった*3。
ピリオドが見えてくると、毎日の暮らしにも張り合いが出てくる。とりあえず、今日は数週間ぶりの休肝日にして、これをstay sober entry*4としたい。
……就職した、とはいえ時給でやる仕事だし、しかも「週三日がいいです!」とワークライフバランスを通常とは逆側に崩したような労働条件のお願いもしている。一応僕の試算ではこれで生活を維持しつつ多少の積み立てorお酒が飲めるのでぜんぜんOKのはずだが、同時に、Twitterで流れてきた「40代まで遊んでそのあと死ぬまで低賃金で働く逆FIRE」という文字列を見て「これ俺じゃね?」とちょっと不安になりもした。
まあ、アリとキリギリスの童話をふつうにキリギリスに感情移入して聞いていた子供だったので、人生の歩みかたとしてこうなるのはしかたないのかもしれない。晩年大変なことになって吠え面をかくのが楽しみだ。
ちなみに、仕事をやめたことはとくにだれにも言わずにいた。情けなかったから、とくに言いふらすことでもないから、というのが理由だがけっこうこれが思わぬ形で良かった。
嘘ついて「ぜんぜん仕事してますよ」というふりを続けていると、なんか自分でも仕事ふつうに続けてるような気持ちになってくるのだが、実際は朝起きてもなにもやらないでいいし、明日も明後日もずーっとなにもしなくていい。この気持ちと現実のギャップがかなり開放感があって気持ちいいのである。「今日木曜の気分でいたら金曜だった」とか「明日祝日だったことに気づかなかった」みたいな多幸感がある。
それに仕事してる感じを出しておけば、「不安を感じている雰囲気を出さないといけない」「仕事をしているひとをねぎらわないといけない」「なにか面白いことをいわないといけない」といった無職にかかる社会的役割のプレッシャーから自由になれるのも大きい。
もし、なにかがあって仕事をやめるときは、ふつうに働いてますけど?みたいなていで生活するのかなり楽なのでおすすめです。ライフハック。