佐藤モニカさんの歌集『白亜紀の風』を読んだ。そのなかから個人的にいいなと思った歌についていくつか話してみたい。
銀の匙磨きてをれば親指はひつたり匙に収まりてをり
瓶からジャムを出すときとかに使う小さいスプーン、たしかに親指くらいの大きさと曲面である。たんに見て「おなじ大きさと曲面だなあ」と気づいたというよりは、拭いているうちにすぽっと親指が布を離れて、うまくスプーンにはまって止まった、みたいな感じがしてコミカル。
勝手口ある家に住みしことはなく扉ひとつの人生すずし
勝手口のある家というのはある程度大きな家、一軒家、……たぶんアパートには勝手口はないだろうし、と考えると「勝手口ある家に住みしことはなく」というのは、経済的には決して威張れたことではないような気もするのだけど、そのことを「すずし」と言いきっちゃう気味の良さがある。
扉はひとつよりふたつあるほうが風通しがよくてすずしいような気もするが、そういったふつうの考えかたを越えて言いきっちゃうところがもう「すずしい」のだと思う。
戦国武将占ひ試せば家康と出づるわれなり家康とほし
これもコミカルで好きな歌。……この歌集にはほかに、住んでいる土地とかそこでの家族との暮らしとか、移民だった曾祖母への想いとかが主題となっている歌がたくさんあり、どちらかというとそれが本全体としてのメインディッシュなのだけど、個人的にはこういう箸休めの歌のほうに好きなのが多かった。……まあ趣味だと思います!
趣味を反映するように、さっきの歌とオチが似ている歌である。「家康とほし」、気が抜けていてでもそれがはたからは面白くて、こういうのはちょっと日常生活でギャグをいうときなどに参考にしたい。
胸内にあをき空ありその空に雲増やさむと子は吸入す
これはこの歌だけだとなにを吸入しているのかがよくわからないが、歌集内では直前の歌でこの子が喘息を患っている、という文脈に沿って読む歌である。
こちらも、「空に雲が増えること」と「喘息をよくするために薬の霧?みたいなものを吸入する」ことのあいだに、ふつうじゃ逆じゃない?(青空のほうが喘息直ってそうじゃない?)と思うようなつながりがあって、でも、たしかに子供として絵を描くとしたら空に雲を1個か2個浮かべてみたくなるみたいな感じで、空に雲が、まっさらな状態からすこし増えるくらいなら、そっちのほうが健康なんじゃないか、みたいな気が、言われてみるとするものである。