国のためみたいなことがわからない~丸谷才一『裏声で歌へ君が代』~

 

 最近はもう僕は情熱がなくなってきていて、本を読んでいるときに眠くなったりするとすぐ寝るほうを選んでしまうんだけど、ひさびさに眠たい目をこすりながら読むくらい熱中した小説になった。まじで朝もこのために早起きしてめっちゃ眠いけど読んじゃった。ほんとうに面白い。

 

 丸谷才一さんというひとの書いた『裏声で歌へ君が代』がどういう小説なのか、ちょっとぱっとつかんで言い表せるか自信がないのだけどやってみたいと思う。

 

 いろいろな側面がある作品で、どれかが主菜で残りが副、という感じではなく、むしろ多声の響きにうっとりするような楽しみかたをするようなものなんじゃないでしょうか。

 声のひとつは「台湾民主共和国」の大統領に就任したばかりの友人が巻き込まれる「陰謀」をめぐる政治ミステリ、もうひとつは幼少期にナポレオンに憧れて一度は将校を目指した男の心境と生活を描いた散歩随想である。それに、作中に登場人物が加わるたびに新説が開陳される「国家論」を味付けとして加え、単純に読み物として面白い登場人物たちのエピソード群や、人々の心の機微を的確にとらえるうまい描写でしめた作品である。

 

 単純に素材の量が多く、書きかたもミニマルというよりはマクシマルなのだが、構成も非常に緊密で読んでいてだれるところがほとんどない。雑に「あそこが伏線だったのか~」と楽しめる小説である。

 それに構成でいえば、これまでのエピソードを登場人物が見る「夢」という形で再構成してまとめた最後らへんのシーケンスは切れがすごくてびっくりした。あそこはほんとうにすごかった。

 

 たんにうまいだけではなく、主題についてもけっこう深く考えてしまった。主題そのものをまとめちゃうと、主題を物語の形で展開して読者に浸透させていく、というこの小説が優れて持つ力をちょっと損なっちゃうと思うのでそれはしないのだけど、香港で新しい制度での議会選挙が行われたという象徴的な時期に読むのにはぴったりな主題だったなと思った。あと個人的に情熱がぜんぜんなくなってしまっているいま、という観点でも。「生きる」というようなあいまいなことについて、深く考えた。

 

 読みはじめたときには、台湾と言えば李登輝以後のほうが断然なじみ深い世代にいる*1というのと、本文がかるい旧かなで書かれている*2のがネックになるかなと思ったが、後者については読んでいるうちになれたのでよかった。前者はまあまあネックだったが、まあ軽く調べて読みました。

*1:なので作中に出てくる反政府運動というのがよくわからない。台湾ってけっこう先進国内でもリベラルな政府じゃなかったっけ?と一瞬思ってしまう。

*2:「けっこう」が「けつこう」にだったり、「いる」が「ゐる」だったり。