一回切れそうになったけど、解説見て考え直した~イレーヌ・ネミロフスキー『フランス組曲』~

 

 8年くらい前から気になっていて、機会があったら読んでみたいなと思う本だった。単純に分厚くて本棚で見ると存在感があるし、『フランス組曲』というタイトルもシンプルながら魅力的である。

 内容に関する情報はまったくもっていなかったが、タイトルとロシア風の作者の名前から「1890年くらいの時代設定で、パリとサンクトペテルブルグを舞台にした、ロシアの貴族だったけどフランスに移住してきた一家が主人公の、ナボコフが書きそうだけどそれをちょっと古典的にしたようなテイストの話」ではないかと勝手に思っていた。

 

少しずつ、この混沌の中、矛盾した感情の中から、不思議な苦い満足感が生まれてきた。自分は豊かな経験をしたのだ。もはや抽象的な、本による知識というのではなしに、ムーランの橋を守る手助けをしようとしたときの狂おしいほどの胸の高鳴りや、手に負ったかすり傷とともに、そしてまたドイツ兵たちが勝利を祝っているあいだにひとりの女性と口づけした、その唇の感覚とともに、彼は知ったのである。危険、勇気、恐怖、愛といった言葉の意味を……。そう、愛だって……、彼はいまや自分がすっかり強くなり、すっかり自信がついたのを感じていた。これからはもう決して物事を他人の目をとおして見ることはないだろう。そして今後、自分が何を愛し、何を信じるかは他人の意見に左右されるのではなく、自分で決めるだろう。ゆっくりと両手を合わせ、頭を垂れて、彼はようやく祈った。

 読み終わったときに思ったのは「いやいや! 終わってないんだったら『未完』って表紙に大きく書いておいてよ!」だった*1けど、解説読むと、未完なのは書いている途中にナチスドイツの憲兵につかまって収容所に送られたから、とあったので、それは、しかたないな……、なんかごめんなさい…、となった。

 

 イレーヌ・ネミロフスキーさんが捕まったのが1942年。この本は、パリから脱出する市民を描いた章と、ドイツ軍占領地区の村を描いた章からなっているのだが、時期的には1940~41年の話であり、めちゃくちゃ同時代じゃないかと驚いた。そんな執筆ができるんですね。

 

 正直小説としてはとても面白いので、いまはちょっと虚脱感のほうが大きい。いやマジで執筆AI頼むよ。続きを生成してくれ……。

 

彼はすばやく何行か書きつけた。それらの言葉は不完全で不器用なものだったが、それでもかまわなかった。重要なのはその点ではなかった。いつか、もっとうまくなる。彼はノートを閉じ、両手を広げ、目を閉じ、幸福な疲労感を味わいながら身じろぎせずにいた。

 

*1:でも実際未完だと最初にわかってたら読まなかっただろうけど。