あなたたたちのもとを離れない~アントワーヌ・ローラン『ミッテランの帽子』~

 

 ミッテランというのは第五共和政フランスの4人目の大統領*1であり、リベラルな改革を推し進めつつ対外的にはEUの設立などの功績を残した政治家である。

 

 そんなミッテラン大統領が忘れていった帽子が、人々の手を渡っていき、彼らの人生に変化を起こしていく、……というのがこの『ミッテランの帽子』という小説で描かれる物語である。

 

 帽子を受け取ったのがどんな人物で、どんなシチュエーションのなかにいて、帽子がどんな運命を運んでくるのか? というところをさまざまにアレンジしながら進んでいく変奏曲的な作りを第一にしているのだけど、(とくに最初に大統領から帽子を置き引きする男がアグレッシブすぎるせいで)ストーリーにはたんに同趣旨の物語の連続ではない、ふたつ目の構造が入っていて工夫がきいている。

 

ロールスロイスは赤信号を無視して急ハンドルを切ると、ベルナールに笑みが浮かんだ。驚きの笑み、茫然自失の笑み。彼はもう何十年もこうして笑っていなかった。いや、おそらく今までに一度だってなかった。〈彼らは夜の果てに私を連れていく/夜中のデーモンに〉、もう名前を忘れてしまったロックグループはそう歌った。曲のリズムは立ち並ぶアパルトマンや星のないパリの夜空を揺さぶった。

 お話も「こういうところからお話を作ってくるんだ!」という、おしゃれな展開が並んでいて、しかもたんにおしゃれなだけじゃなく、技術を集めて読者を面白がらせようというのが伝わってくる、ページをどんどんめくりたくなるようなものになっている。全体としてシチュエーションコントのようにもなっており、そのうえで、人間の足りなさや愚かさ、そしてひたむきさを愛のある視点で笑いに変えながら描き出す。三谷幸喜の作品とかが好きなひとなどはかなりこの作品とも相性がいいのではないか。

 

 僕もそういうタイプの人間なので、正直最終的には電車の中で大泣きしながらこの本を読み終えることになった。こんなに泣いたの、マジかよ。失恋したくらいしくしく泣きました。

 

 いちばん好きだったのは、ミッテランの帽子をかぶりはじめてから思想がとつぜん左になった由緒ある資産家が、当時無名だったバスキアの作品を購入する決心をするシーン。

 あそこは、人間の力と運命の力、ユーモアと皮肉、応援と切なさが絶妙な配合でまじりあっていて、傑出した作家だけが人間に吹き込むことのできる、どんな色合いともいえない感情を体験させてもらえた。

 

 1980年代のフランスのさまざまな文化が実際の名前で登場するので、いろいろインターネットで検索しながら読む本になると思う。どうせすることになると思うので、まったく聞いたことなかったというひとは、「ミッテラン」だけでも検索してかるく知ってから読むとより楽しめると思う。

 傑作なので読んでね。

 

*1:ド・ゴール、ポンピドゥー、ジスカールデスタンのあとを継いだ大統領であり、その後はシラクサルコジ、オランドときて現在のマクロンにいたる。