ほんとうに良かった


とても傷心だったから
ひとつ捨てることにした
心が四つあって
ほんとうに良かった

 

まともに回らなくなったから
取り換えることにした
頭に予備があって
ほんとうに良かった

 

外出制限があるから
必要ないって気がついた
右足はあきらめて
左手で杖を持って
ときどき遠出が許された日には
近くの川の堤防の上を
ゆっくりと
よろめきながら
休み休みに散歩する

 

心配して立ち止まってくれた
やさしい人に声をかけて
「今年の春の気温はどんな感じですか?」
とか
「川を横切る水鳥は何羽いますか?」
とか
「強い風の音はどんなふうに響きますか?」
とか
私にはもうまったく感知できないことを
教えてもらう

 

それでも永遠に生きながらえることはできないから
あるときふっとやりとげたみたいに立ち止まる
命がひとつしかなくて
ほんとうに良かった