「ひとりぼっちの地球侵略」

 

ひとりぼっちの地球侵略

 

 月間サンデーで連載されていた、「ひとりぼっちの地球侵略」という漫画を読んでいた。主人公の岬一は新高校1年生、入学早々、変わり者で評判になっている大鳥先輩に絡まれるのだけど、なんと彼女は地球を侵略しようとする宇宙人だった。ただの宇宙人ではなく、母星の期待を背負って、たったひとりでの地球侵略任務を課せられた、孤独な侵略宇宙人。……なんやかんやあって、ふたりは手を組んで宇宙人たちと戦うようになる。

 

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 孤独を抱えている変わり者と、不本意だけど相手のことをケアしたいと考えるようになる巻きこまれ役、といった構図のボーイミーツガールなお話なのだけど、この「ひとりぼっちの地球侵略」にはいろいろな顔があってなかなかひとことで語るのは難しい。

 

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 (この大鳥先輩は、『NHKへようこそ!』の中原岬や『GOTH』の森野夜が刺さるひとは刺さるようなキャラ造形がされている。僕も中原岬や森野夜に刺された古傷があるため、読んでいて疼痛をこらえるのが難しかった)

 

 「ひとりぼっちの地球侵略」は造語の飛び交うかなりハードなSFストーリーでもあるし、特定の2名の関係性に焦点を置いたカップリングの物語でもある。小道具や取り上げるモチーフは不思議の感覚に満ちているし、典型的にはしない肌触りを持ったキャラの設定作りも優れている。

 喜ばしい展開のなかにそれとはアンビバレントな影を潜ませるのも得意で、現実の複雑性を描こうという意欲がある。そして最終盤ではハーレクインのような展開にもなる。

 

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 とくに単行本3巻くらいまでのエピソードはどれも細部まで非常に面白い。いままでとは雰囲気の違う、なんだか憎めない敵宇宙人が出てくるこのエピソードでは、緊張感のある描写と、ちょっとゆるい描写が重なっていて、なんとも言えない読み味になっている。

 絵面だけ見るとドラゴンボールのそんなに重要じゃない戦いの一幕のようであるが、先輩の立場になってみると非常に切実な、逆に戦隊ヒーローに変身している敵宇宙人の立場になってみるとなんだか可哀そうになってくる、……という、複数の意味が折りたたまれた文学的なシーンとなっている。

 

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 3巻に出てくる文化祭のお話でのこのひと言も良かった。主人公に思いを寄せるゲストキャラの古賀さんや、この回から新しく登場したレギュラーキャラを絡ませつつ、敵宇宙人を登場させ、同時に先輩をアイドル気質に目覚めさせるなど謎のゆる展開もはさんでバランスを取る。そういう文脈のなかで、「あ、そういう意味ね」となるこの言葉はきれいに効いていた。

 すべてのディテールが意味を持ち、有機的に絡み合っていつつ驚きも提供してくれる、奇跡的なエピソードだった。

 

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 絵も非常にきれいである。ちょっと柔らかくて幼く見える絵柄は個人的にとても好きだし、個人的な好み以上にそもそもイラストレーションの能力が高く、見ていて飽きない、素敵だなあと思うような絵を描いてくれる。こうやって並べてみると、……表紙買いしたくなるような魅力がありませんか?

 

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 こういう、セリフがないところの絵もうまい。作品の世界に浸れるうつくしい3コマだと思う。

 

 美点だけを話題にしたが、よくないところもたくさんある。どちらかというと作者の感性や、それが生み出すディテールの作り込み、独特のデリカシーといったところに際立ったものがある作品なのだけど、中盤に差しかかるあたりから、物語の進行に追われてそういった良い部分まで手が回らなくなっている雰囲気がある。

 SF的な仕掛けは、大掛かりではあるが同時に荒唐無稽だし、ディテールの作り込みに対してグランドデザインが雑でなにをどう見せたいお話なのか混乱している。ひとりぼっちの侵略者、といった各種の設定も一見エモーショナルだが、最終的に統一した効果を出せたかというと疑問だし、テキストもそれを読むだけで面白いほど非凡なわけでもない。

 

 とはいえ、最初の3巻は大傑作といえるものだし、のこりもその余韻とキャラや設定への愛で面白く読むことができる。絵柄にときめいたり、中原岬や森野夜が好きだったり、固定カップリングが好きだったり、……その他なんとなくびびっと来るものがあれば、決して損にはならない買い物ではないでしょうか。

「あな」の話でいまだに盛り上がる

 

 糖尿病で死んだ祖父は名刺の印刷所で働いていた。なので、その当時よく行っていて、ふたつ目の家のようであった母方の実家には、なにも書かれていないてごろな紙切れ(=名刺の赤ちゃん)が山のように置いてあった。

 当時(=僕が7歳くらい)、それほどおもちゃを買ってもらえず、日々を過ごすのに必要な遊びをある程度自給しないといけなかった僕たち(=僕と3歳下の弟)はそれに目をつけた。

 

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 こういうカードをたくさん作って戦いはじめたのである。友達がやっていて、たまにカードを見せてもらったりしていた「遊戯王デュエルモンスターズ」を見よう見まねで作ったゲームだったのだが、見よう見まねゆえの限界があり、本家にはある「いけにえ」「ライフポイント」「守備表示」といった重要な概念がなかった。

 なので、とりあえず自分で強いモンスターを描き、手札にきたモンスターは片っ端からぜんぶ召喚し、場のモンスター同士が攻撃しあい、書き込まれた数字が一番大きかったものが場に残り、……それを繰り返していっておたがいの山札がなくなったとき最後に場にモンスターが立っていたほうが勝つ、というあまりゲーム性のないゲームだった。

 

 しかしこれまでカードゲームというものをしたことがなかった僕と弟にとってはこれが革命的に面白く、2年間くらいはずっとこれだけで遊んでいたような記憶がある。

 なのでしっかりとおぼえていて、上掲した「チョッキンマン」はいま雰囲気を再現して作った架空のカードではなく、この世界に、僕と弟とのあいだにあるとき実際に存在したカードである*1

 

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 しかし、あるとき登場した、この「あな」というカードによって僕と弟のカードゲームはそれまでとはまったく違ったものになってしまった。手札から発動することで、無条件に相手のモンスターを一体殺すことができるという効果を持つ「あな」は、見てわかるとおり、量産することが容易だった。

 僕も弟もそこまで絵が上手ではなく、数字が強いモンスターを作るときにはいちおう説得力がある程度には絵を描きこまないといけない、といった暗黙のルールがあって、それで最低限ゲームバランスが成り立っている*2というところがあったのだが、それも崩れてしまう。どんなに描き込んだモンスターでも、「あな」の前ではひとしく無力だったのである。

 

 牧歌的だった僕らのカードゲームはいつのまにか「あな」の撃ち合いになってしまっていた。手札から出したモンスターは、どれだけ勝ち残っても、最終的には穴に落ちていく。環境末期には「ダブルあな」(てきを2体ころす)や「トリプルあな」(てきを3体ころす)まで登場し、僕と弟はすこしずつこの遊びに飽きていった。

 

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 それ以降は、置いてあった赤ちゃん用すべり台を上下ひっくり返して置き、ジェンガの棒を平らな部分に立てて、祖父の碁石をもってきてジェンガの棒に狙いをつけて坂を転がす、ヒットしたら碁石が2枚払い出される、という、ゲーセンのメダルゲームを見よう見まねしたような遊びに僕と弟の興味は移っていくことになる。*3

 

 現在でも弟と飲みに行くたびに、「『あな』強かったよな笑」「あれは『あな』ゲーだった」とこのときの「あな」の話をして腹がよじれるくらい笑うので、この完成度の低いゲームは、僕の人生にとって忘れられない重要なピースであったのだと思う。

*1:攻・守の数字はたぶんこれだったけど、違うかもしれない。

*2:たとえば、点を1個書いて名前だけ「地獄ハエ」というモンスターを作って、攻撃力を4000とかにする、というのは認められない空気があった。

*3:すべり台をひっくり返さなくても成立するゲーム性だと思う。なぜひっくり返していたのかは思い出せない。

トンネルを抜けた先には~20’J1リーグ第12節 サガン鳥栖vs北海道コンサドーレ札幌~

 

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 新型コロナウイルスクラスター発生により、後ろ倒しで開催されたアウェー鳥栖戦。両チームにとって、前節から2日空いただけ、というサッカーをするにはかなり厳しい日程となった。「うちのチームの事情に巻き込んで申し訳ない」といった内容のことを試合前インタビューで語っていた鳥栖の金監督が印象に残る一試合であった。

 

 鳥栖はメンバーを入れ替えて、札幌は一部主力メンバーをベンチ外として休ませたものの、リーグ戦を戦うメンバーとして違和感のない選手をスタメンにそろえてきた。鳥栖DAZN解説陣の予想に反して、3バック+センターハーフ3名逆三角形+2トップの形、札幌はトップにFWを置きながらもマンツーマンで早く攻め切ることを志向する最近挑戦中のシステムを継続している。

 

 札幌の守りかたに対して鳥栖は、札幌ボランチが出てきたスペースにボールを届け、迎撃しに来た札幌のマンツーマンディフェンスに対してはフリックで切り返す、みたいな攻撃を志向しつつも、無理そうなら無理をせずゴールキーパーまで返してロングボール、といった戦い方。札幌の攻めに対してはミドルゾーンでは中央のスペースを消し、ディフェンシブサードまで追い込まれたら5バックで撤退しつつ、札幌のWBに対してはSBだけでなくCHも1枚割いて対応する、という形だった。

 しかし、5バックの前3枚が完全にスライドするという形でも、その前のFWのうち1枚が下りるという形でもなかったので、相手5バック前のハーフスペースですこし自由をもらえる局面が多かった。

 

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 札幌のサイド突破を警戒して2名がやや出てきてくれるので、色のついたあたりを使って攻撃を取りまわせる。戦える試合だな、という印象はあったと思う。

 

 実際の試合ではトランジションの局面から駒井選手のまえがぽっかりと開いたところを、キャリアで一回あるかないかみたいな感じのスーパーミドルシュートで先制。「喜ぶのは勝ってからだ」と自制しつつも、それはそれとしてそうあるもんじゃない会心のシュート、喜ばないとちょっともったいないみたいなゴールだったのもあって、そのせめぎあいからへんな喜びかたになってしまったという、ゴール後の駒井選手の感じが良かった。

 そのあともドゥグラス・オリベイラ選手からの見事なスルーパスアンデルソン・ロペス選手が浮かして追加点、10試合ぶりの勝利をやっとあげることができた

 

 ……これがトンネルを抜けたことになるのか、それともうまくいかないシーズンのちょっとした息継ぎになるのかはこの試合を見ただけではよくわからない。ただ、これまでの数試合と違って、点に絡むスーパーなプレー(1点目が駒井選手のシュート、2点目がドゥグラス・オリベイラ選手の、視線と体の動きで外に出すと欺いてゴールに近いほうに入れるパス)がでたというのは良い兆候だと思っている。

 

 つぎも楽しみにしています。

最近はイトシンTVで将棋を観ている

 

 最近はイトシンTVで将棋を観ている。プロ棋士伊藤真吾さんというかたが配偶者さんのプロデュースのもと公開しているYouTubeチャンネルである。

 

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https://www.youtube.com/watch?v=oIeEs7ylevY

 むかし、東海オンエアの動画にゲスト出演していて、6vs1の将棋対決をしていたときに、ちょっとキャラクターが面白くて思わず登録してしまっていたチャンネルだった。このように「どうも、イトシンTV。伊藤真吾です。イェイイェイ」と本当に楽しそうな雰囲気ひとつ出さずに言って始まるイントロが衝撃的で、思わず見てしまい、反射的にチャンネル登録までしてしまったのだけど、そのあと始まる将棋部分にはあまり興味がひかれず、ちょっと見たあとはタブを閉じてしまっていた。

 イントロはとても面白かったのだが、「将棋」というコンテンツが「イェイイェイ」の面白さについてこれていない、というのが当時の僕の感想である。

 

 最近また見るようになったきっかけはこれ。「将棋」が特集されるという、スポーツ総合誌「Number」*1のエポックな回で、これがとても面白かった。そのなかに将棋棋士YouTube事情について解説されたちいさなコーナーがあって、それを見たときに、そういえば、あのとき登録したチャンネルがあったな、と思い出した。

 

 今回は「将棋」というコンテンツそのものにも興味が沸いていたので将棋部分も飛ばさずに見てみた。解説とかは聞き流しだったので、ふ~ん、将棋って難しいんだなあ、という感じだったのだけど、エンディングのやたら勢いのいい「チャンネル登録して、つぎ動画もチェック!」が面白すぎて本当のファンになってしまった。本当に100点の動画だ。

 

 となるとさすがに「将棋」のことももうちょっと理解したい気分になってくる。動画内で伊藤真吾さんは「この手に対しては、7五歩、そのあと9六飛車というのが狙いですね」というふうに座標で近い未来の駒の動きのプランを示してくれたりするんだけど、それも自分の頭のなかで動かして考えてみたりするし、「そうすると、こちらが銀、桂馬に対し、相手は香車一枚なのでこちらの駒得になります」という形勢評価にもうなずけるような気がしてくる。

 何度か動画を見ているうちに、利害を異にするプレイヤーが番の上で競い合っている様子がなんとなくわかるようになってくる。もともと、なんであれ人々がルールのなかで戦っているのを見るのは好きなのだが、……それにしても将棋ってとっても面白いゲームなんじゃないか? すくなくとも「イェイイェイ」の面白さに匹敵するくらいには……。

 

 こちらのインタビューでは、登録者10万人になって娘に盾をプレゼントしたいという夢が語られている。ただいまの登録者は2.9万人ほど、……将棋観戦が流行っている昨今、もし新しい趣味として将棋のYouTubeチャンネルを探しているのなら、イトシンTVを見てみてはいかがでしょうか?

*1:文芸春秋が出している。

神殿へ


 雨が降りだして、僕は縁起が悪いな、と思っていたものを、カツは「好都合だな」といった。集合場所にはもう5人が集まっていたが、最後の1人はなかなか現れなかった。集合時間とはべつに、もうひとつ決めていた時間が近づいてきた。そしてその時間が来たときに「行こう」と皆に促したのもカツだった。はじめて、カツというのは、……なんというか、ひととは違うやつ、とくべつなやつなんだと思った。もし家内奴隷の身分に生まれたんじゃなかったら、カツは政治家になっていた可能性だってあるんじゃないか。

 

 トモリが自分の下痢のなかで死んで、そのなきがらを火葬園まで7時間かけて運んだとき、僕たちのなかにはなにか怒りのようなものが、「物事がこうであっていいはずがない」と思うような気持が湧いていたんだと思う。そのとき、仕事の進み具合を確認するためにボイスレコーダーが装着されているという車を停めて、駐車場ですこしだけ黙とうをしないかって言いだしたのも確かカツだったと思う。トイレにこもってばっかりで仕事をしなかったトモリは、だれからも憎まれていたけれど、トモリが死んでしまったいま、憎むべきものはおなじ目線にいるものではなく、もっと上のほうにあるものだと皆が思いはじめていた。

 

 けれど本当に「逃げよう」と思って計画を練りはじめたのは僕をふくめてたった6人だった。大勢いれば、そのぶんだけ多くのひとが捕まらずに神殿へ逃げ込めるのに。自分の人生をリスクにさらす勇気がある同僚はそんなに多くはいなかった。捕まったら、主人による私刑を受けたあと、……もうここにはいられない。もっと悪い待遇のところに売られるだろう。実際問題、ハウスキーピングの労働なんて、奴隷に許された仕事としては、最上級、格段に楽だった。逃げて、神殿までたどりつけて、神殿の保護を得られたとしても、自由人の資格を得るにはそれから5年かかる。難関の試験を突破しないといけないし、それには勉強もしないといけない。僕にそんな集中力や自制心があるとは、とても思えない。

 

 集まって、逃亡の意志を確認しあった6人の仲間のうち、結局1人はタイムリミットまでにやってこなかった。僕らはそれぞれの車に乗りこんだ。……1人、1人だけ車を用意できなかったやつがいて、そいつはそいつの人生の楽しみでお気に入りだったマウンテンバイクに腰を掛けていた。「こっちのほうが小回りが利いて、逃げるときには便利なんだよ」って自分でも信じてないことを大声で言うそいつがみじめすぎて、僕らのだれもがちゃんとした声をかけてやることができなかった。通話もそいつとは最初からつながなかった。雨脚が強まっていく日没前、僕ら4人はエンジンをかけ、緩やかにスピードに乗ると、すぐにマウンテンバイクは見えなくなった。トモリが死ぬまえに、なんども息を吹き返して下痢をしていたみたいにそいつは、信号で僕らが止まるたびに手を振りながら最後列につけたが、しばらくしてそれもなくなった。

 

 「見つかるまではいっしょに行くんだろ」とラナが言った。「夜更けまで距離を稼いで、それから散らばろう」とカツが言う。「全員逃げられるといいな」と僕が言った。「自由人になって、どこかでまた会おうぜ」とエイムが言う。これが僕たちのすべてだった。

 

 つかずはなれず、固まりになって片側7車線の中央高速道路を進むぼくらの一様に黒くて軽い自動車は不審に映っているだろうか。「奴隷だってことは車種でばれてる」とカツが言う。「あとは“逃亡”奴隷だってことがばれてるかどうか、お節介なやつが通報してるかどうかだ」中央高速道路は国土のなにもないほうへ向かって続いている。あるとすれば、神殿くらいか。みんな毎日祈っているのに、この国の宗教はどうしてこんなに端に追いやられているのだろう。

 

 ラナの車の加速がおかしくなったのは、となりで見ていてわかった。ラナに合わせて、高速道路の自然なスピード流れより遅れて運転するのをカツは嫌がった。嫌がりを示す沈黙が、グループ通話画面を通じてそれぞれの孤独な運転席にひろがり、目に見えるほど大きな亀裂を作った。高速道路で目立ってしまえば目立つほど、主人の雇った捜索隊に見つかる可能性は高まる。見つかったら、なけなしの私有財産はすべて没収されるだろうし、その場で往来にむかって恥をかかされることになるかもしれない。主人たちは所有する奴隷の逃亡を恥だと考えるし、恥は恥をかかされた相手にそれ以上の恥をかかせることで拭えると信じている。奴隷に対する行動は古い法律で規制されているけれど、逃亡奴隷に対してはその限りではないという新しい法律がその上に加わっていて、新しい法律は古い法律より尊重されている。世のなかはすべてそうだ。奴隷だって、老人より若者のほうが高値なのだから。

 

 ラナの車は走行不可能になって、路肩の待避レーンにとまった。仲間の二台は車線を右に移った。僕は車線を左に移り、待避レーンをすこしバックしていきすぎた分の距離を縮めた。運転席の窓をノックしてラナの表情を確かめた。ラナは考えられるかぎりのすべての語彙を使ってカツを罵った。そのあと、それが最後に手のなかに残されたひとつの言葉であるようにして、僕に言った。「助けてほしい」そして、なにもない手のなかをなにかで間に合わせて埋めるみたいにこうつけ足した。「ずっと前から、信じられるのはお前だけだって思ってたんだ」

 

 僕はラナを助手席に乗せて、はるか先のほうを走っていると頭ではわかっているふたつの車を追いかけた。手元には僕のスマートフォンがあいかわらず通話を続けていたが、声が向こうから届いてくることはなかった。ラナのスマートフォンはカツを罵ったときについでに高速道路の高架の下に投げ捨てられていたので、前を行く二人とつながることのできるのは僕のこの緑色に光る画面だけだった。カツに言い渡されるであろうさよならがこわくて、僕からはなにも言えない時間が長く続いた。

 

 助手席のラナはあるときまでは黙っていたけれど、そのあとは覚悟を決めたみたいに話しはじめた。先ほど聞いた、僕のことを信用しているという言葉に、説得力を持たせるための舞台装置や背景を取りつけるみたいだった。ラナはこれまでのことについて話し、これからのことについて話した。僕は高速道路の単調な空間と時間の移り変わりが、僕に当然押しつけてくる眠気と戦いながらその話を聞いていた。ラナは運命を分かち合うことの大切さと効率の良さについて話した、とくに奴隷は、1人でいるより2人でいるほうが幸せに生きれるのだということを。エピソードが証拠として引用され、幸せは分けあって2倍に増やせるということと苦しみは分かち合って半分に減らせるという、僕には両立するはずがないしか思えないような理が説かれた。その声は通話が続いたままのスマートフォンを通じて、まえのふたりにも届いているはずだった。

 

 僕は追いつくのをあきらめて、ジャンクションのカーブを曲がったが、すぐにそれを後悔した。そのすぐ後に、カツの「見つかった」という小さな叫び声が入り、通話が正式に終わったからだ。捜索隊の努力を空転させる策として、見つかるまではひと固まりに、見つかってからは散り散りになる、というのが僕らの作戦だったから、僕らが離れ離れになってしまうことは、捜索隊に見つかることと結びついている。追いつくのをあきらめたことが、因果関係を逆に作動させてしまって、カツたちを危機に陥れたんじゃないかって、どうしても思えたからだ。

 

 すぐに僕も見つかると思って、下道に下った。僕はいらない、と思ったけど、ラナが運転を代わりたいというので、すこし停まって席を入れ替えた。そのあと検問があったが、予想していないタイミングだったので、ラナと意思の統一ができていなかった。僕は助手席の窓を開けて、架空の主人の名前と用意していた嘘の仕事の用件を言ったけれど、ラナはそれと同時にアクセルを強く踏んだ。そのあとは、神殿までの時間と距離だけが僕らの唯一の関心事だった。

 

 神殿の敷地内に入ってそこにあった段差に座ったとき、同行していたラナはもういなくなっていて、高速道路で東に置いてきたはずの雨雲には追いつかれていた。蒸し暑い雨が降ったかと思ったら、すぐに風の速度も増し、最後には肌寒くて震えるほどだった。トモリからはじめて、はぐれた順に仲間の名前をひとりずつ思い出していると、捜索隊が神殿のなかの僕に気づいて、冷たくもやさしいまなざしを投げかけてきた。

 

 「失った過去の気安さに負けて、あるいは単なる気まぐれに遊ばれて、せっかくまたいだ神殿との境界線を、ふらっと戻ってしまう奴隷がたくさんいるんだ」そうカツが言っていたのを思い出す。僕とカツは逃亡計画の実行までになんども夜中に落ちあって散歩をした。逃亡のことや、逃亡のあとのこと、そして逃亡とは何も関係のないことを話した。その夜に響いていたのはカツの言葉だった。それは昼間の仕事のあいだもずっと反響していた。僕がいま神殿の外に出そうになっているのは、たぶん、カツの言っていた言葉が強く印象に残っているからだろう。

 

 意を決して、神殿の内側へ、屋根のある暗がりへと歩を進めた。けれども、光のあるほう、いつでも出て共通の運命に身をゆだねることのできる出口がこの神殿にはあるということを、そのあとずっと忘れることができなかった。

not galactics ~20/21シーズンリーグ・アン第2節 RCランスvsパリ・サンジェルマン~

 

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 すでに開幕している20/21シーズンのリーグ・アンを見た。ついこのあいだまでチャンピオンズリーグを戦っていたパリ・サンジェルマンは、チーム内でコロナウイルスが大流行中。ネイマール、ムバッペ、ナバス、ディ・マリアイカルディマルキーニョスと、ふつうにしていればスタメンになるメンツがガンガン陽性となっているという異常事態であった。

 パリ・サンジェルマンというとどうしてもスター選手の競演が楽しめる、いわゆる銀河系軍団なチームというイメージが強いが、スタメンを見るかぎり、そういったイメージとは違ったチームとなっている。

 

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 変わり果てた姿になってしまった王者を迎え撃つのはRCランス。ランスというと、スタッド・ランスというチームが有名だが、そこが本拠地にしているのとはまた別の、同名のランスという土地にあるクラブらしい。

 ベルギーとの国境に近い街で、歴史上のある時期にスペイン領だったこともあることから赤・黄色をユニフォームカラーにしているらしい。ズボンは黒色で、赤黄黒の危険色がピッチに映える綺麗なチームだった。労働者階級とつながりの深いクラブで、激しく削るプレーをする選手が好まれているらしい。

 育成にも定評があって、いちばん有名なのがフランス代表でレアル・マドリー所属のヴァラン選手がこちらの下部組織出身らしい。あとはセルジュ・オーリエ選手も。

 非常に素敵なクラブだ、ぜひいけすかないパリ・サンジェルマンを叩きのめしてほしいと思った。

 

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 試合はそのとおりになった。じつは観てる途中で、「この選手いいな」とおもってなんとなく検索した結果、気の利くグーグルさんが検索窓のプルダウンに試合の結果を表示してくれたので、ネタバレを知った状態で見ることになったのだけど、なかなか見ごたえのある良い試合でした。

 パリはやっぱり、ファンタスティックな前線のアタッカーがいなくても、……いないせいでなお際立つのか、やっぱりポゼッションがお上手ですね。失点したところではミスが出てしまったのだけど、とくに前半の半ば以降は、相手のミドルゾーンで、パスコースを作りながらずっとボールを保持、攻撃をカウンターにつながらない形で毎回終わらせていたし、奪われちゃった場合もゲーゲンプレスが機能していた。やはり良いチームだ。

 

 良いチームではあったが、強いチームではなかった。……のはやはり、コロナで欠いていた値千金のアタッカーたちなのでしょう。ぎゃくにランスは、これといった良い形を継続して作れてはおらず、アタッカーもめちゃくちゃ良いわけではなかったのだけど、ビルドアップのミスを拾う形で1点を得てそれを守り切った。

 

 個人的に気になったのはRCランスのクレマン・ミシュランという選手。微妙にひ弱そうな雰囲気ながら、ベルナトやクルザワと激しく肉弾戦をしていて、攻撃のときには微妙に精度の低い仕掛けとクロスで、守備のときは相手を簡単な状況にはさせないシビアなプレーでそれぞれ目立っていた。試合終了の笛が吹かれるちょっとまえのピンチをタックルでしのいだのも、最後に笛が吹かれたときにボールをコントロールしていたのも彼だった。

クリームパン1個じゃ足りない

 

 8時くらいに目を覚ましたあとはずっと本を読んでいた。けっこう面白い本で、書かれている内容というよりは、書かれていないことのほうが気になって、読んでいるよりは並行してべつのことを考えている時間のほうが多い、……という感じの読書だった。いろいろ調べものをしたり、あるときは本を置いて部屋の中を歩きまわって*1、ひと段落ついたらまた、よしとりあえず書かれていることに興味を持ちなおして読んでみよう、となったりしているうちに気づいたら16時になっていた。

 

 時計を見ると、経っていた時間のぶんだけ飽きと疲れがやってくるものである。二日酔いのためあまり食欲は感じていなかったが、さすがになにかを食べよう、と思ってグーグルで地図を検索した。家の周りにある店はすべて把握しているのだが、いったん地図を見て、家の外には実在する空間があるということをしっかり把握しないとなんか家を出ようという気持ちにならないんですよね。毎朝出勤するときもやっている無意味ルーティンなのでそろそろ廃したい。

 

 コンビニでは最初は丼ものといったがっつりしたものを食べようと思って棚をながめてみた。牛丼もいいな、マーボー丼も食べたい、と思っているうちに、半日分の野菜が取れるというビビンバに目が行ったけど、そこで野菜を取らなきゃと常々思っていたことを思い出してサラダのコーナーへ行った。長いもの漬物があったので、もうこれ酒を飲んでもいいかもしれないな、とも思った。そこでウィスキーやその他蒸留酒の瓶がならんでいるコーナーに言ってみたんだけど、ここで買うよりちょっと足を伸ばした先のスーパーに行けば100円くらいお得な値段でおなじものが買える。しかし、スーパーに行くのであればすこし時間をずらして、お刺身が半額になりはじめる時間帯を狙いたい、……がお刺身を食べるとなるとやはりお酒は日本酒がいいのでは? と思っているうちになんとなくトイレに行きたくなったので、トイレに入ってから考えるか! と思ってぜんぶを棚上げにしてしまった。トイレから出たあとにはすべてを忘れてしまい、また丼コーナーを見ていた。

 

 最終的にはクリームパンを1個だけ買って帰ってきてしまい、「いや足りなくね~~? しょっぱいものも食べたいし!」と思った。なんとかもたせようと、コーヒーを入れて、優雅にちょっとずつ食べる感じにしようと思ったのだけど、結局コーヒーを一口飲んだあとはクリームパンをぱくぱくと食べきってしまった。

 

 そのあとも全然お腹が空いていたので、もう一度、今度は真剣に考えながら買い出しに行き、なんとか納得のいく食べ物を買いそろえることができた。

 

 僕は統合性に優れた人間ではなく、無意識から連想によって生じてくる考えに身を任せることを本能的に気持ちがいいと感じてしまい、気持ちがいいことをしてしまいたくなる。

 でも、気持ちがいいことをしたあとは、おなじことをふつうにやらなといけなくなって、おなじことを二度やるのは非常に手間がかかるんだよ、ということをクリームパンの教訓として引き出して、今後の参考にしていきたい。

*1:といっても狭い部屋なので3歩ほど歩けば横断したことになる。この3歩を何度も折り返しながら考え事をするのがけっこう好きである。