廃工場のまぼろし 機族のいない世界~丸川トモヒロ「成恵の世界」~

 

ただ私の気晴らしは 少し人を選ぶから

 

「成恵の世界(1)」丸川トモヒロ [角川コミックス・エース] - KADOKAWA

 マンガ「成恵の世界」を読んでいました。

 

 半分宇宙人の女の子と、魔法少女アニメが好きなオタクなこと以外はとくに特徴のない男の子。ふたりを主人公に、年下の姉だったり、戦闘機少女3人組だったり、星舟だったり、不思議な猫だったり、SF大好き女の子だったり、いろいろなキャラクターが登場して1話完結のストーリーが続いていく、SFほのぼのラブコメディ。*1

 

夜空に輝く丸いものを

月だと覚えておくのにも様々な試みがあった

 基本的にはどのお話も毒も薬もないような内容なのですが、非常に面白かったです。良い点はいくつかあって、ひとつはお話ひとつひとつにちょっとずつオリジナルなポイントがあって見ていて飽きないです。

 こういう系の話だったらこうなるんだろうな~、と予想したとき、それとは全然違う方向にお話が進んでいくのを見るのはいつだって楽しいじゃないですか。「成恵の世界」では、それが味わえる。

 

 お話に嫌な意味での毒や厳しさがなく、すごく「性格がいい」のもポイント。ストレスを感じることなく、最後までほっこりと読めるのです。

 

オレ達は人間と時間の過ごし方がまるで違う

過去も未来もバラバラに生きてるんだ

そのかわり物事にすぐ飽きる

でもバカじゃないぞ

 そしてもうひとつ、圧倒的な長所が、テキストのセンスがいいんですよねこのマンガ。頻繁にではないのだけど、読んでてはっと目を止めてしまうような美しいフレーズが出てくる。切り取っても詩として成立しているというか…。*2

 見せつけるようにポエミーではないのだけど、さりげなく粋で、ストーリーになじんでいて、裏にサイエンスやSFの知識をしのばせている。はっとするような深みや陰影がある。

 

 文脈なく引用しても良さが伝わらないので断念しましたが、後半で出てくる「出来事はみんなのものだから」というセリフはそれまでの流れも含めてすごかったす。泣きそうになりました。泣きました。

 

 マンガとしてもとても上手で、きびきびとしたテンポと映像の流れから切り抜いたような躍動的なコマの連続で読ませてくれる。ジャンルの性質上、いろいろなものの外見を想像で描かないといけないのだけど、そのデザインセンスも良い。

 

「成恵の世界 (13)」丸川トモヒロ [角川コミックス・エース] - KADOKAWA

 全13巻で完結済み。あまり名声が轟いている、というタイプの作品ではないと思いますが、正直大傑作だと思います。ノリや絵柄がどうしても古い、また、ジャンル的に誰にでもおすすめできるかというとそうでもない、その上、持っている良さがかなり渋いところにあるので、なかなかあれなんですが、でもちょっとでも「よさそうだな」と思ったらぜひチェックリストに入れていてください。大傑作です。

 

エントロピー―――
ほとんどの熱意は役に立つことなく
空に溶け意味をなくす

でもその熱には
名札をつけることもできるそうです

*1:同雑誌で連載されていたっぽい「ケロロ軍曹」とかなり近い作風である。

*2:大島弓子作品を読んでいるかと思った。