「夢中さ、きみに。」

 

 友人が「これめっちゃ良かったよ」とプレゼンしてくれるものをなにも知らないけど一旦全否定する、というのに最近はまっていて、ついこのあいだも「女の園の星」を「軽薄な漫画だ」*1と全否定してきたところだったが、そのあとべつのタイミングで同じ作者の出世作「夢中さ、きみに。」を読む機会があって、爆裂に面白かった。

 

 そのことを友人に話したら「いったん全否定するのやめたほうが、人生が豊かになって良いよ」と言われたが、それには「いや、そうやって人の意見を取り入れるのが成熟したオタク、みたいな風潮が世のなかを生きづらくさせているし、人間性の涵養のためには否定的なものであってもこだわりは貫いたほうが最終的にはプラス」と全否定した。マイブームはどうせ冷めるので、続いているうちはなるべく続けたほうがいい。

 

 変な人間を描写して愛でる、というフックをもつ作品である。全体としては短篇集だが登場人物が一部共通していて、前半の4つの話は変なやつ「林」くん、後半の4つの話は変なやつ「二階堂」くんに焦点が当たる。

 

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 まずはバイブスとギャグの質が良い。テンションはとてもローで、そのへんは僕が知っているなかだと「動物のお医者さん」が近いかもしれない。そしてギャグはめちゃくちゃ面白い。「街中にある文字の写真を撮ってつなぎ合わせて単語を作り、それをツイートする」という活動をしている仮釈放さんと、内言が多いタイプの文化系女子の話は読んでて声出して笑った。センスというよりは、密度の高い「練り」が込まれているタイプの面白さである。

 

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 (松屋さんのハンドルネームは「おいも3兄弟」であり、読んでいたときはその時点でもう面白かった)

 

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 後半の4つの話はもうすこしカップリングものとしての性質が強くなる。ただ、魅力的なキャラクターを描くものの、それを作品のなかで愛できることをしない抑制の美のようなところがあって、その上品さがバイブスの良さとギャグの面白さと合わせ技になってかろうじて傑作となっているという感じだ。

 

 「走れ山田!」のようにちょっとストーリーが足されている作品もあるが、面白いのはストーリー以外の部分である。演出面はとても上手で、その力を足掛かりにしてうまいお話も描けそうな感じはあるので、今後のキャリアに期待したい。

 

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 ここの「カーテンを閉めるセックスのメタファー」シーンの入れ方は良すぎて感動した。独特な空気の上品なギャグをやりながら、オタク的にエモい余白を押し出していくとこんなに良くなることがはっきりしてよかった。いろんなひとに真似されてほしい。

*1:なにも知らないので予想で言った。