眠れない夜のうた

 

眠れない夜がある

 

眠れない夜には目を閉じて
今日起こった出来事をふりかえってみる
たとえばある日は
バス、爪切り、透明人間、バスケットボール
そしてべつの日は
アマガエルの轢死体、ピエロの風船、ティーカップの染み、信号機の故障
そうしているといつのまにか
眠りについている

 

今日もその眠れない夜だった
わたしは一日を思い出した
寝る直前のストレッチから順にさかのぼって
そして朝の目覚まし音までたどり着いたとき
まだ眠りが訪れていないことに気づき
すこしどきっとする

 

どうすればいいだろう
昨日のことを思い出そう
昨日のことが今日のように
寝る直前の歯磨きから思い出せる
あっという間に昨日が終わり
それでも眠りにつけないので
一昨日のことを思い出す

 

その夜は長かった
わたしがこれまで過ごしてきた人生とおなじくらい
昨日、昨日、またその昨日とふりかえっていっても
どうしても眠りにつけず
わたしがこれまで過ごしてきた人生とおなじくらい
それを繰り返しているうちに
わたしはいつのまにか
なにもわからないひかりとおとのなかにつつまれて
おおきくはじめてのいきをすいこんで
なきわめいた
おかあさんが
わたしをみてわらった

 

その夜長い時間をかけて思い出したものと
ぴったりおなじ毎日毎日をすごして
わたしはもう一度大人になっていく
毎日朝起きると、今日何が起こるかわかる
その夜、ていねいにていにねいにふりかえった人生だから

 

起きることのひとつひとつに
(バス、爪切り、透明人間、バスケットボール)
それが初めて起こったことのようにして
まるで一周目なんかなかったようにして
(アマガエルの轢死体、ピエロの風船、ティーカップの染み、信号機の故障)
わたしは驚き、笑い、かみしめ、悲しみ、苦悩する

 

そしてその夜がまたやってくる
わたしの知っている最後の夜
これから先、未来になにが起こるかわからない
その境目の地点に
二度目の人生が
ようやくたどり着いた

 

ストレッチをして
灯りを消し
目を閉じる

 

だけど眠りは

やってこない