謙虚さ・誠実さ~「グランド・ブダペスト・ホテル」~

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 「Newsweek」を見ていたら、世界のウェス・アンダーソン的な風景を紹介するインスタグラムのコミュニティ「accidentallywesanderson」を特集するページが突然あって、それにちょっと見とれていた。

 ウェス・アンダーソンと言えば、だいたいのひとが大好きな映画監督であるが、僕自身にとっても、自分の人生で最も多感だった時期に好きになった二人のアンダーソンのうちのひとり*1である。

 

 「accidentallywesanderson」をスクロールして見ているうちに、ウェス野*2がうずうずしてきたので、めちゃくちゃ久しぶりに観たのがこの「グランド・ブダペスト・ホテル」であった。

 

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 ウェス・アンダーソンは非常に作家性のある映画監督である。知らないひとは見てみればわかるのですけど、いろんなところに独自性がずどんと置かれていて、非常に語りやすい作品を作る監督なんですよね。見たものや聞いたものに対して、なにか意見を持たずにはいられなくなる多感な時期に観るにはうってつけ。

 そんな、ボルダリングの壁みたいにいい感じのつかみどころを提供しつつ、最終的には、だれが見てもぜったいに面白い、くらいにまで面白い映画になっているのはほんとうにすごい。この両立ってできるんですね……。

 

 

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 標準装備の映像のこだわりだったり、もう聞いた瞬間にそれだとわかるアレクサンドル・デスプラの曲だったり、豪華なキャストだったり、……見どころはたくさんあるのだけれど、個人的には、全体的にはシュールでコメディなタッチであるこの作品に込められている、誠実で謙虚な思考に心打たれた。

 

 脱獄の直後と懺悔室での場面でいちばん現れているのだと思うのだけど、このふたつのシーンで見れる怒りは、誠実で善良な人間を誠実に描いたもののように思えたし、ホロコーストを重要なピースとして扱ったこの作品を、作法的にはコメディとして描き、何重もの枠物語で覆ったのは、歴史の事実に対する謙虚さと誠実さの表れのように思える。

 バイクに乗る暗殺者との戦いがコメディな音楽のもとで描かれるのは恐ろしいし、墓地で読む本→本の著者のホテルでのエピソードの追憶→ホテルオーナーの回想という枠物語の段階を丁寧に踏んでいかないといけない事実、一足飛びに体験するわけにはいかない事実として扱った題材を描いていることは非常に謙虚だと思う。

 

 たんに才能あふれるだけではなく、すごく思慮深い、そんな印象を新たに抱いた、ウェス・アンダーソンの「グランド・ブダペスト・ホテル」でした。

*1:もうひとりは、これも全員が大好きなポール・トーマス・アンダーソン

*2:側頭葉下側頭回にあり、ウェス・アンダーソン作品の認知に関連していると言われている脳領域。ここを失った頭部外傷患者はウェス・アンダーソンの作品になんの反応も示さないという報告がある。

短歌 21

 

好きなことだけしていたいスカパーのわずかに空を向いたアンテナ

 

 

オフィス街 開けっぱなしのお茶缶に雨が入っていく日曜日

 

 

飛び立ってみてよ 翼を描かれて沈黙している壁画 おまえだ

 

 

OPENから18:00まで禁煙のラーメン屋さんに正午に入る

 

 

人間は雨の受け皿どうしてもこぼしてしまうだめな受け皿

 

 

高円寺大破壊祭りの喧騒にカーブミラーは首をかしげて

 

 

喜びや抱き合うことや口づけがすべて ブルーのクローゼットで

一年後のわたしへ~読むものが無限にある 2~

 

 インターネットには読んでいてとても面白いものがたくさんあり、その数は尽きることがない。そのなかから最近はまっている読み物を紹介していくこのコーナー、今回は一周年を迎える記念すべき回だ。ご紹介するのはこちらのnoteである。

 

 この月餅さんのnoteのいちばんの見どころは、今年の6月23日から毎日欠かさず(たまに寝落ちしたり、日付を間違えているところもあるが)更新している日記でしょう。空白をふんだんに使い、シンプルに気持ちを書き留める、ひと昔前のブログ!って感じの文体がなつかしい。

 ブログにはSNS以前と以後、流行りが2回来ているイメージがあって、以後のほうのブログはちゃんと文字を書きがちなのだけど、そうではない、中川翔子さんや上地雄輔さんが毎日何回も更新し、覇を競っていたころのブログにもいま読みかえしてみると非常に良いものがある。

 

さて、一年後のわたしに問う

夫はどのくらいの頻度でパチンコに行ってる?

 日付が冠された日記回は、「一年後のわたしへ」という呼びかけではじまり、「一年後のわたしに問う」という問いかけで終わる。このフォーマットが非常に美しく、特許を申請してもいいんじゃないかと思った。

 

そうそう、話ズレるけど

わたし本当にせっかちなんだよね。

ネタバレ見たりとか早送りしたりとかよくある。

だからかな、再視聴はなんか安心して観られるっていうかあまり観てなかったところ観たり

好きなところだけゆっくり観たりする。

 

映画じゃないけどさ、知恵の輪の時なんかわからなすぎてネタバレ調べて解いた時は夫に呆れられたっけ。

 日記を書くと、毎日の出来事が重要なものに見えてしまって、あるいは重要な教訓を引き出さないといけないような出来事に見えてしまって、もっともっとあるいは、読むに堪えるだけの深みを出来事に見出さないといけないような気がしてしまって、なかなか筆が止まってしまいがちなのだけど、この問いかけメソッドは非常に良くできている。

 

 一年後の自分へのたんなる報告として、そしてちょっとした問いかけとして、自分が過ごす人生のうちのとある一日のことを、それ以上でもそれ以下でもない、ぴったりの重みで記録して残すことができる。

 「一年後のわたしへ」から「一年後のわたしに問う」に挟まれた文章は、なので読んでいてとても気持ちがいい。問いかけの内容も、文章全体のユーモラスな要約や振り返りになっていてうれしい。

 

 たくさんの数があるわけではないが、日記としてナンバリングされていない回も独特のセンスがあって面白い。これからも楽しみに、……とくに来年の6月23日以降、一年前の問いかけに軽く答えて日記を始める2週目が見られるのをとても楽しみにしている。6月23日というのは、個人的には僕の誕生日でもあるので、もし見れたらそれはすごく良い誕生日のうれしさになるでしょう……。

ヤンキーも星は好き~衿沢世衣子『ベランダは難攻不落のラ・フランス』~

 

ベランダは難攻不落のラ・フランス (CUE COMICS)

ベランダは難攻不落のラ・フランス (CUE COMICS)

 

 「散歩の達人」という雑誌が読書特集をやっていて、そこで見かけてちょっとびびっと来たので買って読んでみた。そしたら、とても面白かった。

 ふつうこういうときは、作品が面白かったことよりもそれを選び出した自分の直感の鋭さにほれぼれうっとりしてしまうのだが、この衿沢世衣子さんの短編漫画集『ベランダは難攻不落のラ・フランス』はほんとうに面白くて、自分の直感の鋭さにほれぼれうっとりするのすら忘れてしまうほどだった。

 

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 物語を構成する情報のチョイスや出しかたが上手い、というタイプのストーリーテラーである。物語は真正面からは描かれず、なんの話が展開されているのか読者はちょっと探り探り読んでいかないといけないが、手掛かりは素直に、読み手にやさしく配置されているので、わかりにくい、ということはない。こういった語られかたをする物語独特の、しずかで意味深な空気感を楽しむことができる。

 

 語りはややハイブロウだけど、ストーリー自体は変に着飾ったところがなく、平熱でそれでもハートウォーミング。セリフ回しはややシュールかつ軽妙で、これもよいアクセントになっている。

 

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 とくにおすすめなのは、タイトルのファイナルサードにもなっている「ラ・フランス」というお話。具体的にあらすじを語りたいのですが、これも本当に作中での情報の出しかたがうまく、たぶんストーリーの内容については知らない状態で読んだほうが良いと思います。

 べつにあっとおどろく展開とかがあるわけじゃないし、話自体もものすごく衝撃的なわけではないのですけれど、とにかくとてもなめらかな語りがされていて、語られている事項の配置だけで完璧になってしまっている。

 最初読み終わったときおもわず声を出して泣いてしまった。感受性が強いのでお話を読んだときにはだいたい泣いているんだけど声まで出ちゃったのはひさしぶりだ。

 

 そのほかにも、星と少年と大人とヤンキーを描いた「リトロリフレクター」、日本に戻って来て商店街のなかよし5人組再結成を目指すイギリス人高校生モスを主人公にしたゆる連作コメディー「難攻不落商店街」、ベランダを舞台にはみ出した時間の過ごし方をなつかしむ感じをフラットに描いた「ベランダ」など、名作が目白押しとなっている。

 もし自分の直感にびびっときた人がいれば、ぜひお手に取ってみては。

人生の指針~ポール・オースター『最後の物たちの国で』~

 

 いろいろな意見があるとは思うけれど、個人的には、自分がこの1回しかない現実の人生では持ちえないような、他の「物事の見かた」や他の「世界のありようについての総合的な意見」を追体験できる、というのが、文学を読んで役に立つこと、だと思っている。実際に場に出すわけではないにしても、手札に配られるカードが1枚か2枚増える、というような感触があるのである。

 

 ただ、たくさんいろいろな本を読んでいると、「他の」というわけではないものの見かたや考えかたをする本に出会うことがある。作中で描かれている物事のありかたが、なんというか、僕が世界について考えていることとぴったり一致していて、そういう本を読むと、その他の「他の」な本を読んでいるときとはまた違う満足感がある。

 僕にとってそういう本を書くような作家が何名かいて、そのうちのひとりが、ポール・オースターである。

 

物がひとつ消えたら、すみやかにそれについて考えはじめなければ、あとはもうどれだけ頭をひっかきまわしても取り戻せはしないのです。

 架空の隔絶した国へ、生きているのかどうかもわからない兄を探しに行く……、というストーリーで、国の荒廃した社会経済の様子や、そこでもがきながら生きる主人公の忍耐、そしてそれぞれ運命に打ちのめされているけれどどこか「個」として魅力的な登場人物たちとの交流の様子が描かれている。

 

 「人間は自分を包み込む運命にたいして無力であり、できることはほとんど全くない。力の不平等が一見あるように見えるけれど、それもたまたまそうなっただけにすぎず、自分の立場を保証されているひとはひとりもいない。できることはほとんどなにもないのだけれど、しかし、それを自覚して、自分がたまたま手にしているものをまるでなにも持っていないかのようにして生きることができたとき、そのときに限って、わずかだけ行動の可能性が生まれる。しかし、その行動が良い運命を手繰り寄せることができるかどうかも、もちろん誰にもわからない」

 ……というのが、この作品だったり、ポール・オースターの小説に通底している人生観だと思う。こういう考えのもとに書かれている小説を読んでいると、僕は、暖かい毛布をかぶっているときのようなリラクゼーション状態になれて、うれしい。非常に即物的に役に立つ小説である。

 

我々の人生とは、要するに無数の偶発的出来事の総和にすぎません。それらの出来事が細部においてどれほど多種多様に見えようとも、全体の構成がまったき無根拠に貫かれているという点においてはみな共通しているのです。

 はじめは作品の舞台となる隔絶された国の荒廃した文化や風土が描かれていて、その想像力だけを楽しむようなタイプの小説(ミハル・アイヴァスの『黄金時代』とか)のような読み味があったので、(あと、じつは僕はそういう小説をちょっと「ダサい」と思っているところがあり)ちょっと戸惑ったのだけど、読み進めたらいつもどおりのポール・オースターだったので安心した。

 

 「年の差レズビアンカップルが男を殺して死体を処理する」という、オタク界隈では男女問わず根強いファンをもつシチュエーションも出てくるので、それを期待して読むのもいいと思います。

ひとり1曲?~「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」 第3話~

 

 「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」のアニメを毎週見ている。なにか定期的に追いかけることのある生活は、リズムが生まれて良いものですね。

 

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 この回はちょっと難しい。スクールアイドルを止めてしまった優木せつ菜=中川奈々にフォーカスした回なのだけど、この話題はもうすこし時間をかけてやるものだと思っていた。

 優木せつ菜さんに影響を受けてスクールアイドルをはじめた高咲侑・上原歩夢コンビ(優木せつ菜のことは知らないが、中川奈々と接触はある)、だれも知らないスクールアイドル「優木せつ菜」という姿をもつ生徒会長の中川奈々、消えてしまった優木せつ菜を追いかけるスクールアイドル同好会の面々(高咲・上原コンビとはまだそんなに接触はない)と、いい感じに駒が散らばっていて、いくらでもフックのある話が作れそうだった。

 

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 なのでこの一話で優木せつ菜=中川奈々まわりの話をいったん終わらせてしまったのにはびっくりした。

 

 ただこれにはもっと上位のグランドデザインがあって、この虹ヶ咲は前作・前々作のとは違って全員が集まって(μ’saqoursのような)ひとつのグループを作っている、というわけではなく、それぞれがソロのアイドルである、という前提があって、それが関係しているのだろう。

 ひとりにつき1話を当てて、そのクライマックスにそのスポットライトが当たった人物のソロステージを入れる。

 

 それは非常にコンセプチュアルでよい1クールの使い方だとは思うけど、優木せつ菜さんに関してはちょっとそのへんが味方しなかった回だったかもしれない。

 

 引き連れている物語上のラインが多すぎて、それを30分で解決しようとして、かなりお話が窮屈になっている。話を進めるのに必要な展開が30分のなかに多すぎて、雰囲気を作る分まで手数がまわってないし、いくつかの部分(音楽室で急に深い話になるところとか、高咲侑が中川奈々を呼び出してヒートアップするところとか)ではちょっとついていくのが難しい。

 展開がかなり走っているので(この話にまったく関係ない)宮下愛と天王寺璃奈が出てくるパートも浮いている。全体として、そこまでできのいい回ではなかった。

 

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 「推し」を決めるとしたら、このかたになるかもしれない。自分のことを「お姉ちゃん」て認識していたのは良かった。タイプ的に先輩甲斐がなく、まじでなにもしてなそうなのに自分のことを年長組でそれに応じた責任があると考えているのがかわいくて良い。

V6「LIVE TOUR 2017 The ONES」について会って話したい

 

 もともとV6は好きだったのだけど、たくさんあるジャニーズのグループのなかであえていうなら、とか、バラエティで見たときにはめっちゃ好き、とか、曲は何曲かくらいは知ってるしカラオケでも歌うよ、みたいな感じの好きだった。

 

 しかし、いまYouTubeで期間限定公開されているV6のコンサート「LIVE TOUR 2017 The ONES」を見てからはそんな感じではなくなってきている。

 

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 最初は軽い気持ちで観はじめた。オープニングのメンバー紹介PVを見て、あいかわらず三宅かっこええなあ、剛は剛だな~笑(画像は岡田)とか笑ってた。「Can't Get Enough」という曲がはじまるが、なかなかいいじゃん、くらいの心の動きだった。感動はしないが、……まあ見れるし楽しいし三宅はかっこいいし、もうちょい見てみても全然いい、っていう。

 

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 様相が変わってくるのは「JIGA JIGA」のあたりである。とつぜん始まったなんだかスカな曲のはじまりにノリノリな剛の「JIGA JIGA」が、ちょっとびっくりしてしまって、そのびっくりが「かっこよい…」と魅了されているということに気づくのにすこし時間がかかった。

 曲のなかでいろいろなメンバーが「JIGA JIGA」っていうんだけど、最後を決めるのはしっかり剛で、それがダサかっこよくて本当に良かった。「JIGA JIGA」て…、好きだ…。知られているとおり、ダサかっこいい大人の男はほんとうに良い。

 

 5曲目の「HONEY BEAT」は、学生時代所属していたサークルのソウルソングであり、個人的にも非常に思い出深い。これが流れるころには僕はできあがってしまっていた。

 

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 あっという間にMCだ。井ノ原がいつもの適当な感じで喋りはじめるのだけど、いまはマジでずっとかっこいい歌と踊りの井ノ原を見続けてきたところなので、感受性の感じを調整するのに時間がかかる。「見切り発車。いつでも僕は」じゃないんだよ。

 

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 そしてこのコンサートを通していちばん胸に刺さった曲がこちらである。年長組3名で歌う「会って話を」は、キュートでラブリーな歌謡曲で、それだけではない深みと襞がある。途中にはセクシーなマネキンダンスが繰り広げられ、「もっと寄り添って」のところの坂本さんくねくねがエロい……、とっても好きだし、単に好きなだけではなく、おそらく人生を通して自分にとって大事な曲になるでしょう。

 

 直通のリンク(https://youtu.be/xIOW_yYG6ds?t=4554)を用意*1したのでぜひ気になったかたはどうぞ。

 直通と言いましたがそれは嘘でそのまえの三宅さんがやばかったのでそこも入ってます。「希望だったらあげる」とか「わがまま言わないで」は、本当にすごくて、人間がこんなあざとかわいいことができるのかとめっちゃ感動した。「わがまま言わないで」のあと岡田が苦笑しているのもいい。これがV6だ。

 

 三宅はそういう恒例行事なのか、メンバーが壇上からはけていくタイミングでも最後まで居残って、ひとつ心に残るようなあざといくだりを毎回作ってくれる。すてきだ。

 

*1:2022年2月追記:このリンクは切れてしまっているが、ライブの映像はいまのところまだamazon primeで見ることができる。