実家にしか存在しない言葉

 

 少年ジャンプ史上、個人的にいちばん面白いと思っている漫画に「ヒカルの碁」というものがある。囲碁が好きで、どうやらうちの孫は頭が良いらしいと気づいたときからずっと、将来的にはこの子を棋士に育てたいと考えていたタクシー運転手の祖父が仕事中にどこかから拾ってきた全23巻の単行本を、子供のころの僕は大事にしていて、なんども読み返していた。

 いまでも「ヒカルの碁」のすべてのシーンを、頭から順に思い出すことができる。

 

 単行本には各回の区切りごとに、おまけページみたいなものがあって、たとえばあるページでは囲碁棋士の平均収入などが豆知識のように紹介されていた(そしてその収入の額が書かれた部分に祖父はアンダーラインを引っ張って「見てみなさい、そうだい。囲碁棋士は儲かるねえ」と書き込みをしていた)。

 そういうおまけページのなかに、原作者のほったゆみさんというかたの「ネームの日々」というエッセイマンガがあって、これもけっこう好きでちゃんと飛ばさずに読んでいた。

 

 その「ネームの日々」のなかに、「回転寿司のことをほったさんの実家では『くるくる寿司』と呼んでいたのだけど、ある時担当編集のタカハシさんにぽろっと『くるくる寿司』と言ったら通じず、しかも笑われてしまった」という回があった。

 その回を読んで、子供のころの僕は面白かったと同時にすこし不安になった。ひょっとしたら僕の家族にも、僕が気づいていないだけで、僕の家族でしか通じない言葉があるのではないか。いつかそのことで僕や僕の家族が笑いものになるのではないか。

 

 タイミングを見計らって、母親や叔母に相談したところ(父親はその当時もういなかった)、「たしかに、そのような言葉は存在します」という返事をもらった。そんなおそろしい地雷のような言葉がうちにもあることにドキッとしたし、それを事前に知れたことに安堵もしたのだが、同時に、世界でひとつ、自分の家族の内側だけに受け継がれている不思議な言葉の文化があることを、幼心にすこし誇らしくも思った。

 

 ひとつが「じゃがいもとんとんとん」で、これは(ふつうはべつの名前で呼ばれている)あるじゃがいもを使った料理のことを指しているのだが、これを外でも通じる言葉だと勘違いして同級生のまえで言い、ほったさんのように恥ずかしい目にあった、という過去が母親にも叔母ふたりにもあったらしい。

 もうひとつは「かりかりおかし」で、これもふつうはべつの名前で呼ばれている商品なのだけど、我が家ではこちらのほうで呼ばれているのしか聞いたことがなかった。傾向としては、擬音語が非常に好きな家族のようである。

 

 もし、これを読んでいるひとのなかに、自分の狭い周囲でだけなぜか通用しているオリジナルな呼び名、みたいなのがあれば、こっそり教えていただけると嬉しいです。