『フェミニスト経済学 経済社会をジェンダーでとらえる』

 

フェミニスト経済学 | 有斐閣

したがってフェミニスト経済学者は、欧米の政財界エリート(おもに男性)がスイスの高級リゾート地、ダボスに集まって開催される世界経済フォーラムダボス会議)が、グローバル化新自由主義の勝ち組の価値観で世界経済の課題とジェンダー平等のあり方を議論していることに懐疑的である(Beneria[2003])。

 という有斐閣から出ている本を読んでいました。経済学による「客観的・価値中立的」な、と思われているさまざまな分析について、フェミニズムの立場から批判を加える内容。

 

 「ケア」を本全体のいちばん大きな旗印にしている*1のはちょっと珍しいと思った。「人間の生活には不可欠だが、アンペイドワークとして経済学的な処理の対象にあまりされてこなかった」もの、かつ、……ここまで読み込むと読み込みすぎなのかもしれないけど、「ニーズに対して充足がされる、という形で理論化されるのでそもそも、人々は効用の最大化のために行動を選択する、という経済学の根本的な前提と食い合いが悪い(がこちらも真理のすくなくとも一面をみつけている)」もの、であるので経済学への批判として使うと噛み合いは非常に良い*2というのはわかる。

 ほかにもフェミニズムの視点から経済学を批判するときに使えるルートはいろいろありそうな気もするのだが、個人的に「ケア」というのはけっこう好きなテーマで前提知識も若干持ってたので読んでいて楽しかったです。逆に前提知識少ないと、なんでここで「ケア」の話する?、と思って話が読めなくなるところは多少あるかもしれない。

 

 あくまで「主流派経済学」のこれまでの試みにいかにジェンダー的な視点が欠けていたのかを見る本であって、たとえば、「ジェンダーに関する不平等やその是正策について経済学的手法を使って評価する」といった意味での「フェミニスト経済学」の本ではない。

 経済学というのは特定の価値観がビルトインされた、理論上あるいは実践上不公正な体系なのかもしれないですが、さまざまな主体間でひょっとしたらレイヤの異なるかもしれない各種価値の、分配による公正を議論・実現・評価する際に非常に使えるツールでもある*3と思うんですよね。

 そういう意味で、フェミニスト経済学的な視点で提案されたモデルとか理論とか、政策評価などについて割く部分がもうちょい明示的にあってもいいのかなと思った。教科書として出している本ですしね。

*1:執筆者と議論対象が異なる各章では、それに応じてどこまで「ケア」を重要視するのかは濃淡あったが。

*2:経済学とはけっこう離れた話になっちゃうんですが、「なぜ家庭内での無償のケア労働は存在するのか? 金銭で評価されないならしなきゃいいものを」という「経済学的な」身もふたもない問いがあると思うのですが、それに対してケアの理論でよく言われる、「ケアというのは自分で選んでやることではなく、ケアを受ける人にニーズが生じたときにいやおうなく周囲が巻き込まれるものなのだ」という定式化がいい返答になる気がするんですよね。

*3:男性主体過ぎてツールにすらならないよ、ということであるのならまあ仕方がないですが。