題材面でも構成でもとてもオンリーワン~大西巷一「乙女戦争(ディーヴチー・ヴァールカ)」~

 

これでも俺は暗殺という仕事に誇りを持っている
余計な犠牲を出さないだけ戦争よりマシだ

公式-乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ | 第1話 | 笛と少女 | 無料立ち読み | 最新話も無料で読める「月刊アクション」公式WEBサイト げつあくWEB

 「乙女戦争(ディーヴチー・ヴァールカ)」というマンガを読みました。フス戦争を舞台に、当時銃の前身みたいなものが実用化されつつあったという時代背景を利用して、「銃を使って戦った女性たちがいたらどうだったか?」*1という視点からお話がつくられている、題材面でも構成でもとてもオリジナリティのある歴史・軍記もの作品である。

 

 主人公は波乱万丈な人生を送る「シャールカ」という少女で、その目を通してフス戦争の流れが描かれていく。コンパクトな作品で、書く部分と抜く部分の取捨選択がきれいなので非常にテンポがよく、学習漫画を読んでいるのか?という気持ちになることもあるが、一方で創作を取り入れる部分は大胆に創作していて、お話として非常に面白くなっていると思う。もうすこし分量を使ってドラマ仕立てにしたら立派な大河小説になるのではないかという感じである。

 

 ちなみに歴史を題材にしているので、ストーリー上であまりよいことは起きない*2。ストーリーを読んでいて、あー、悪いことが起きそうだなと思ったらそれは必ず予感通りになるし、このネガティブな引きとオチの流れが作品全体にわたって繰り返され、これが作品のシグネチャーになっている。

 性的なもの含む暴力の描写も、「まあこれくらいのことは実際に起きたのだろうな…」という程度には作中でも起こり、簡潔だが描写もされる。苦手な人は注意してください。

 

私はただの騒がしいガチョウにすぎません
たとえガチョウが焼かれても――

 とはいえ、暴力描写はポルノにならないように描かれているし、そのほかの歴史の出来事やそれの織り交ぜるフィクションの取り扱いかたについても、また作品全体が向いている方向もすべてかなり倫理的で、こういう解釈をしたいんだという志を感じるものになっている。

 

 ふつうに内容としてもとても面白かった。人が死ぬたびにそうなのですが、とくに最終盤のカタストロフは圧巻だった。史実とフィクションを織り交ぜるポストモダンっぽい手法も成功していて、主人公の境遇が変わって新しく登場する歴史のシチュエーションとさまざまに交わるたびにわくわくする。歴史漫画の傑作と言ってもいいのではないでしょうか。*3

 

 おなじ題材でも、天才戦術家ヤン・ジシュカ強ええ! やはり信仰の自由は武力で勝ち取らねば💪みたいな感じの話になっちゃうこともありえたわけじゃないですか。そこは架空のキャラクター「シャールカ」とその身の回りの女性たちを視点にした意味はあったと思う。

 一方で、ポルノ的に描かれてはいないのだけど、戦渦に身を投じて、戦い、酷い目に合う女性たちの姿を「乙女戦争」と銘打って大々的にモチーフにするのは、やはりどれだけ抑制的に描いていてもどうなんだろうと思うところはある。

 

 フェミニズム・リーディングに詳しい人が読んでどういう評価になるのかかなり気になるな。たぶん、フェミニズム・リーディングに詳しい人はそんなに自然とは読まない作品な気はしますが……。

 

 あと個人的にはずっとAoE2の競技シーンの実況を見ているのだが、それと時代背景が被っていて、ゲームで出てくるようなアイテムがけっこう登場したのも、へえ~となって楽しめました。

 

もうフス派とカトリック派の戦いではなく
十分に奪った者とまだ奪い足りない者の戦いになった

*1:完全なフィクションではなく、一応フス戦争で女性や子供が戦ったという記録はあるらしい。

*2:人類の歴史では、良いことはあまり起こっていないので忠実にするならしかたがない。

*3:あと巻末の解説も面白かったです。解説に書いてあるような歴史の教科書的な叙述が、こういうふうに本編で膨らませられているんだな~となってそこも面白かった。4コマがあるのもシュールで良かった。