新居に求める非現実的な条件

 

 すこし前から物件探しをはじめているが、これまでの人生、流されるままに適当な家に住んできた*1ので、「条件は何ですか?」と言われてもなにも思い浮かばない。風呂のスペックとか、築年数とか、ネット環境とか、エリアとか、いろいろ考慮すべきことはあるとは思うのだけど、理性ではわかっているのだけど、考えてみようとするとふっと頭に力が入らなくなって何もわからなくなるのである。

 

 このままではまた流されるまま適当な家に住んでしまう。なのでここでは、リハビリとして、どんな非現実的なものでもいいので、とりあえず心から「これがいい」と思えるような、「新居の条件」をあげていこうと思う。これを3か月ほど繰り返せば、新居の条件もすこしずつ固まっていくのではないか。

 

新居に求める非現実的な条件1:床に煮えた油の池がある

 多くの人が揚げ物を作るときに毎回思うことがこれではないですか? 揚げ物は非常に面倒くさいがおいしい。とくに揚げたてがおいしいので、出来れば小分けで、いま食べるぶんだけ作りたい。

 家に煮えたぎる油の池があれば、好きな時に、レンチンくらいの心理的難易度で揚げ物ができるのである。フライドポテトとか、野菜素揚げとかてんぷらとか、揚げエビとかがいつでもひと口から作り放題。これ以上幸せなことはちょっと思いつかない。

 

 できれば「『源泉かけ流し』的なスタイルで油が流れてくるし排油もされるので、掃除とか油交換が要らない」感じだと、メンテナンスもいらないのでさらにありがたい。

 

新居に求める非現実的な条件2:トレイラーハウス

 やっぱり子供のころから遊牧生活にあこがれているところがあるんですよね。モンゴルで「ゲル」を初めて見たときがこれまでで一番、「家」的なものにあこがれを持った瞬間だったし、車中泊を駆使して日本を放浪しているYouTuberもめちゃくちゃチャンネル登録している。

 最低限の機能的な物だけをもって、どの土地でも真の構成員になることはなくいろいろなところをめぐる、という生きかたには僕の心を興奮させる何かがある。

 

 いろいろなところに旅したい、というのとはちょっと違うんですよ。どこにいても「自分はここには(明日は)いない」と実感し続けるというのが大事で、それが生きること、自由だということだと思っている。

 

まとめ

 非現実的なものも含めて考えることでなんとか2つ、「心からの条件」を思いつくことができたが、いきなりこの2つがほぼ両立不可能*2だという厳しい結果となってしまった。

 いつか現実的な条件で転居できるときが来るのでしょうか。こればっかりはあまりひと事にせず、自分の課題として向き合っていきたい。

*1:お湯がうまく出ない家にすら住んだ。冬の風呂はもう思い出したくない。

*2:煮えた油を積んで移動するのは、どんなスピードであれ危険である。