釘は抜かずにおいた~ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』~

 

 ペケーノ・ソバは、いよいよ友を助ける時が来た、と思った。
 「あの部屋をいくらで売ってくれる? 都会の中心に手ごろな部屋がほしいと思っていたところなんだ。あなたには、カバを飼えるような広い農園が必要なんじゃないかな」

 ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザさんの書いた『忘却についての一般論』という名前の小説を読んでいました。半端なく面白かった。

 

 アンゴラ内戦を舞台にした小説で、「家の玄関を自分で封鎖してしまい、壁に日記のような詩のような文章を書きつけつつ、そのなかでずっと孤立した自給自足の生活を送る女性」をメインキャラに据えて、それ以外にもいろいろな登場人物の活躍、……というか強い生き様というか、そんなものを描くストーリー。

 短いエピソードが次々とぶつ切りに語られて、あるエピソードで「ここはどうなってるの?」「なんでこいつがここにいるの?」となったところが後から出てくる話で語られて補完される、みたいな形式になっている。

 

 「エピソードの集積のなかから全体像が見えてきて、さらにその全体像のなかで各登場人物のストーリーがきらっと光って見える」っていうところの手際の良さがすごくて、たんにエンタメとして読んでも非常に面白い。

 この本、多分タイトルとか表紙の雰囲気だとエンタメとして面白い本だとわかんないと思うので、ここは読んだひととしていったん強調しておきたいね!

 

 同じような構想で大作を書くこともできた小説だとも思うけど、それぞれの挿話は肉がそぎ落とされていて、本当に面白い部分以外はダイジェストで物語は語られていく。これの、ぜんぶしっかり描写した大作バージョン、みたいな小説は何個か読んだことあるけど、このテンポ感に圧縮されているのはなかなかないタイプの作品なのではないでしょうか。

 なので、因果関係や時系列、事実関係やキャラ同士の相関関係を把握するのはそこそこ大変ですが、でもいろいろ目配せしたヒントは置いてあるので、たぶんそんなに大苦労はしないで読めるのではないかと思います。

 

 あと、めちゃくちゃ人間の「善」の部分を信じている小説で、またブッキッシュでもあるので、人間は善だという信念をフィクションの力を使ってかっつり補強していたりするところがけっこうある。

 なので、(アンゴラ内戦にもあったであろう)人間の暗い部分を、客観的に見つめたいという気分のときにはあんまり合わないかもしれない。ただ、その逆の気分のときには非常にしっくりくる読書体験になるのではないかと思う。

 

 総じて個人的にはめちゃくちゃ面白かった。読めて良かったです。翻訳して出してくれたかた、ありがとうございます。

 

ある意味で、彼は愛のために死んだのだった。