半歩だけ踏み込む~志村貴子「放浪息子」~

 

 「ルート225」についての回では、あたかも志村貴子さんのプロパーのファンであるようなふりをしていたが、じつはまったく志村貴子さんの漫画を読んだことがなかった。それによって、「知ったかぶりをしてしまった」後悔・罪悪感をずっと感じていて苦しかった。

 

 ネガティブな感情は、ずっと抱えているよりはどこかで前向きに行動することで解消したいものですよね。というわけで志村貴子さんの代表作「放浪息子」を読んでみた。するととても面白かったのでうれしかった。

 

 かわいい顔立ちをしていて、女性ものの服を着てみたいと思う男の子が主人公だが、そのほかにもけっこうな数の登場人物がいて、それぞれの人生を送る。作中で流れる時間もプレティーン~高校卒業くらいとけっこうなスパンがある。「異性装」というテーマを中心にして、登場人物たちの関わる小エピソードが次々と重ね塗りするように語られていくという、ボトムアップな作りをしている。

 

 「こういうコンプレックスを抱えていたこのキャラが、このキャラに影響されて、この出来事を潜り抜けて、自分の人生に答えを出す」……というような設計図がある作品ではないが、そうではないことがリアリティを生み出していて、また作品の雰囲気にも合っている。扱っているシリアスなテーマの語りかたとしてもふさわしいように思える。

 

 そこで稼いだリアリティポイントを、「登場人物がみんな強い*1」「しんどい出来事は起こるのだけど、本当の本当にしんどい部分には用心して踏み込まないようにしている」という作りを通すのに使っている感じだ。なので、お気楽なフィクションを読んでいる、という感じはしないけれど同時に、リアルな作品を読むときの心痛を感じるようにもなっていない。

 

 なので最終的には「異性装」というテーマに強い思い入れが持たれない状態で読まれるのがこの作品のいちばんいい読まれかたなのではないかという気がする。男の子になりたい女の子もいるし、女の子になりたい男の子もいる。ただ恰好をまねてみたいだけの人もいるし、その中間くらいの人もいる。そういう人の人生にはちょっと大変なことが起きるが、理解する人もいるし、その中間くらいの人もいる。……そういったことに特別注意をはらうのではなく、事実としてそうだなあくらいの流しかたをして、時間幅と行間をゆったりととって、作者の独特の味をまとった「成長していく子供たちの姿を描いた魅力ある群像劇」として楽しんだときに、いちばんいい作品となるのではないでしょうか。

 

 あと、この題材ながら一切ポルノ要素やロマンス要素で引っぱらないところと、結論的なものを出さなくても終われた作品だとは思うけれどあえて狙いを持った終わらせ方にしたところは非常に良いと思った。

 ただ、とつぜん作中作を使って、どれが作中で実際に選ばれたことなのかを曖昧にしてテクニカルに終わるのは、作品世界に対する作者の真摯さは感じたものの、作品のほかの部分と同様に事実を責任をもって描き切って終わるほうがふさわしかったのではないかとも思った。

*1:とくにあんなちゃんなどは人間ができ過ぎている。