とても良い本を読んだのでそのことについて書きたい。ロバート・マクファーレンさんというかたが書いた『アンダーランド』がとても面白かった。
森の地下に張り巡らされて有機物をやり取りする菌類のネットワーク。現在から未来を守るために厳重に作られた核廃棄物の貯蔵庫。パリの地下にひろがる「もうひとつの都市」。地下を流れたまに地面に顔を出す「星のない川」。北極圏の氷河に開いた縦穴の垂直下降。戦争中ひとびとが投げ込まれて処刑された石灰岩の穴。
……というような、ひろく「地下」というワードでくくられるようなさまざまな場所を旅するドキュメンタリーである。
その限界点で、ふたりとも口をつぐむ。言葉は消える。それでなくても、心を宿しているはずの身体の構造が崩れないように保つのに精一杯だ。圧力がすさまじく、岩と時間の重みがあらゆる方向から、経験したことのない強度でのしかかり、私たちを石に変えようとする。ここは魅力的だが恐ろしく、長くいられるところではない。
この本の良いところは大きく2つに分けられる。書かれているものとその書きかただ。
この本はノンフィクションなのだけど、ジャーナリズムというよりは非常に文学的な語りかたがされている。ひとつの地下世界への旅を描く章に、それと関連のあるべつの地下世界についての語りをさしはさむ。物理的な旅行だけではなく、思索的なテーマがある。地下の音やにおい、肌触りや感覚についての文章はとても詩的で情景を喚起するものであるが、それだけではなく文章全体の狙いと呼応したものにもなっている。
そこからの道のりも険しく、内陸に向かって登っていくが、氷は穏やかで順調に進む。移動するごとに新たな氷河の支流が両側に眺望を開く。新たな峰が地平線に見えてくる。いずれも未踏峰だ。
書かれているものごともその書きかたに匹敵するくらい良い。机上論ではなく、ちゃんと生死をかけたやばい土地の冒険をしているし、それがあるからこそ文学的な文章がリアルに描かれている。ほとんど知らないことばかりが書かれていて、知的な好奇心も満たされた。
書かれている内容のみに興味があってその書きかたには興味ない人にとってはそんなに面白くない本かもしれないけれど、両方に興味があるひとにはとてもお勧めできる。とくに、それぞれの詩的な個々の文章と全体のテーマの相互作用、その背景にどっしりとある現実世界の出来事の重みを感じて読んでほしい。