ひとりで歩くFury Road~ビアンカ・ベロヴァー『湖』~

 

湖

 

 ビアンカ・ベロヴァーさんというチェコ語を使う作家の書いた『湖』という小説を読んでいた。

 荒廃と貧しさがあたりまえの下敷きになっていて、やや秩序もあるんだけどそれとおなじくらい暴力で全てが片付いてしまい、魔術と工業が同居するスチームパンクっぽさもあり、東欧を描いている(汚染、化学工業、集団農場)ようでもあれば中央アジアを描いているようでもある(綿花、水路、砂漠)けれど、現実の特定の場所とはリンクしないような世界を舞台にしている。

 

 ストーリーは、「旅の目的地に行って帰ってくる」というやつ。僕は個人的に勝手に「マッドマックス 怒りのデス・ロード」パターンと呼んでいる、シンプルなわりにかなり普遍性があって、やられるとはっとするパターンのストーリーである。

 主人公のナミという少年は、母を探しに首都に行き、そこで手がかりをつかんで見事母を見つけ出すのだけれど、母を探し出した砂漠の街から、また故郷へと帰っていく。どちらかというと雰囲気や世界観の作りかたのほうに特徴のある作家で、そのぶんストーリーはやや機械的に見えるけれど、これはこれで味があるような気もする。

 

 描写がドライなこともあって、ドラマを見ているというよりは、ゲームをプレイしているような読み心地である。世界観が工業&魔法なのと、戦闘がけっこう多く発生するので、ファイナルファンタジーの暗い部分をずっとやっているような趣だ。

 

 夜、リスを小さな火の上で焼くと――木は絶望的に少なく、生焼けにならない程度しかない――、湖上に、もう一つの、はるかに大きな炎を目にする。巨大な火の海に、いくつもキノコ雲ができている。

 ファイナルファンタジーと違って、主人公はひとりぼっちで旅をする。旅のなかで、主人公はいくつかの人たちとかかわりあうのだけど、なんかそれがそれほど大事なことではないようなところがあって、そのかかわりは暴力で終わってしまうこともしばしば。

 主人公が心から望むかかわりは、母とのものと懸想人に対するものなのだけど、このふたつは皮肉にも、手ひどく裏切られるという形で終わってしまう。そして物語は、はじまったのとおなじ湖のそばで、主人公が湖に沈んでいくという形で終わる。

 ミスリードを招く書きかたをしたが、この小説のラストはこういう書きかたから連想されるような形のものではない。その辺の処理のしかたなどは非常にテクニカルで面白い小説だなと思いました。

 

f:id:kageboushi99m2:20200720210146j:plain