この本、『巡礼者たち』はだいたい30ページくらいのやや短めな短編がたくさん入っている短篇集で、基本的には、世界のそれぞれの片隅に住んでいる平凡なひとたちの、人生のいちシーンに現れる興味深い物語を、盛り上げすぎることのない筆致で、なにかひとつの答えを出すことがないように、とても美しく描いている。
心情を掘り下げすぎて興ざめにならないように、ドラマティックになりすぎて陳腐にならないように、…と渋い持ち味で書かれていて、こちらの感受性のボリュームもちょっと上げて読んでいかないとな、……と思って読み進めたら、やっぱり最初の短編集なので、書き上げた時期に幅があるから? 作風が途中からちょっと変わって、けっこうストレートにツボを強い圧力で刺してくるようなお話を突っ込んでくる。
最初から一気に読み進めると、途中でいや急に圧が強くなったな!となるのでそうやって読んでみるのもおすすめです。以下各話のひと言感想。
- 巡礼者たち
荒野で、女と男の駆け引き。女と男の駆け引きは好みのモチーフみたいで、ほかの作品にも印象的に出てくる。 - エルクの言葉
田舎に移住してきた自然派家族。人間の生の嫌さを書く感じの話。 - 東へ向かうアリス
ここが序盤のハイライト。ロード・ノヴェルの一幕で、淡泊に描かれることによって美しくなっている。 - 撃たれた鳥
ストーリーラインが最後に性的なほうへ曲がっていて主題を見極めにくい。でも、無能さの切なさと愛おしさを描いているのかな。これも後半の作品とは対照的に非常に淡泊。 - トール・フォークス
事実離婚した夫婦が道路をまたいでそれぞれふたつのバーを経営していて、まるでひとつのお店かのようにお客が行き交っている、という掴みだけで満点すぎる。 - 着地
エリートが好みなのに、下層の男と寝てしまう女の子の話。どうしようもないしうまくもいかない人間たちのやり取りが、作者の目には、物語にする価値があるひと幕のように映る。 - あのばかな子たちをつかまえろ
馬鹿大学生がしょぼい犯罪をしたり海に飛び込んだりする。このへんからちょっとモチーフや構成に色気が出てくる。 - デニー・ブラウン(十五歳)の知らなかったこと
これまでシンプルだったお話の語りかたにこれ以降遊びが入る。ある少年の知らなかったこと、を書き連ねていく形式できれいな物語を語っている。キャリアのなかの一里塚となるような傑作でしょう。 - 花の名前と女の子の名前
この作品では「花の名前」で、一個前では「少年の知らなかったこと」なのだけど、なにかを「リストにして語る」という手法に自信があるらしく、この作者はけっこう使ってくる。 - ブロンクス中央青果市場にて
ちょっとプロレタリアート風なのだけど、真剣な作家的オブセッションというよりは飾りだと思う。でもお話としては面白いし、中央青果市場の人々のやっていきかたが、リスト手法で描かれる。また、主人公の腰痛の描きかたと、巨悪が奥に潜むままならない選挙、というモチーフがかなりポストモダン小説っぽい。 - 華麗なる奇術師
ホフマン氏→天才奇術師→ホフマン氏の娘→太ったウサギと、話題の焦点になるキャラクターがうつりかわっていくというとても不可解な語りの構成をしている。しかし話の引きや使われているモチーフ、そして一番大事なオチは、これまでの淡泊さはなんだったのかというくらいポップになっていて、このポップセンスがほとんどの読者にとても良い印象を残すでしょう。
- 最高の妻
アルバムのラストの曲、のようなわかりやすさと面白さ、祝祭のハッピーな感覚を兼ね備えている。オチは途中でわかると思うけれど、わかった瞬間泣けちゃうね。
全体としてはどれも良いお話で、読む価値のある優れた本です。個人的に好きなお話は、3,5,9,11,12。