短歌 4

 

水筒を抱えて眠る兄弟はそれぞれの夢の砂漠でひとり

 

 

僕は髪切ればいいのにだらしなく髪の気持ちをわかってあげた

 

 

まなび2とせいかつ1が教室に吹き込んでくる春のゆうぐれ

 

 

ポケットに鍵を鳴らして鳥を撃ち 撃たれなかった鳥の旋回

 

 

ブランコに登った 一人しりとりに徐々に不穏な単語が交じる

 

 

恍惚の香りを散らす日葡辞書鋏を栞の代わりにされて

いちばんかっこいい元素名は

 

 皆さんは元素、好きですか? 僕はこういう、特徴的な名前がついているもののカタログ的な知識が大好きで、当然、元素も大好きだった。すべての元素をおぼえたのは、たしか中学生のころだったと思う*1。なんら外的な強制力があったわけではなかった。いまはもうなかなかそんな機会には巡りあえない、純粋な学びの思い出である。

 

 今回は「かっこいい」部門、「かわいい」部門、「一味ちがう」部門に分けて、良い名前をしている元素を表彰していきたい。まずは「かっこいい」部門、ノミネートはこちらである。

 

「かっこいい」部門ノミネート

Ndネオジム

Pmプロメチウム

Pdプラセオジム

Paプロトアクチニウム

Wタングステン

講評:

 「イウム」というおなじみの語尾を縮めたような言いかたをするネオジムはかっこよさの湧き出るツボを押さえていると言わざるを得ない。元素記号と元素名の由来が違うため、とくべつに名前を覚えないといけないタングステン周期表のなかでひときわ異彩を放っていると言えるだろう。

 しかし、今回の受賞者はPaプロトアクチニウムとしたい。「プロト」とつくのが封印されて「まさかこんなものに頼ることはないだろうが…」と伏線を張られながら、いいところで大活躍する試作機みたいでドラマティックである。

 

「かわいい」部門ノミネート

Laランタン

Teテルル

Seセレン

Neネオン

Tmツリウム

講評:

 今年の「かわいい」部門、このなかからどれかを選べというのが不可能に思えるほどそれぞれに個性的なかわいい名前を持った元素が揃っている。ランタンやネオンは正統派という感じがするし、テルルやセレンには「かわいい」とはいっても媚びのない、芯の強さのようなものが感じられる。ツリウムはきっとツンデレでしょう。

 選びようがまったくないので、個人的な好みを押し出したい。2020年度かわいい元素ランキング一位はツンデレのツリウムです。

 

「一味ちがう」部門ノミネート

Atアスタチン

Ybイッテルビウム

Vバナジウム

Xeキセノン

Sbアンチモン

講評:

 「一味ちがう」と紹介された状態で「一味ちがう」度をアピールしなければいけないのは端的に言って不幸である。つぎに出てくるものがいままで出てきたものとなんらか共通している、という暗黙の了解があるときにこそ「一味ちがう」ものは輝くのである。

 そんな酷な「一味ちがう」部門の廃止を僕は毎年毎年提言していたが、審査員に選ばれてしまった以上、今年も心を鬼にして考えなければならない。力の差は歴然で、やはりXの称号を身に宿しているキセノンを選ぶほかないだろう。そもそも希ガス元素という珍しさのアドバンテージを持っているうえにXから始まるとなれば、どんな変わり者でもひれ伏すしかない。優勝はキセノンです。

 

 

*1:その当時までに命名されていた112番の元素記号「Rg」レントゲニウムまでのこと。それ以降に命名された元素のことはあまり知らない。

切符を護符に~中島やよひ『ローリエの縁』~

 

ローリエの縁―中島やよひ歌集 (新現代歌人叢書)

ローリエの縁―中島やよひ歌集 (新現代歌人叢書)

 

 中島やよひさんというかたの歌集、『ローリエの縁』を読んだ。読書メーターで確認したところこの本を読んだひとはいまのところ僕しかいないみたいだったが、それはもったいないくらいよい本だった。

 

自らに問ひて答へてゐるごとし風鈴は夜もときをり鳴りて

 

乱切りといへどかたちの揃ひきて縛られやすき人参にさへ

 世のなかや身の回りで自然に起きていて、とりあげてみると美しい、だけどほとんどのひとが気づかないような物事をピックアップして、それに適切なコメントをつける、という、なんとなく王道で、逆にそれが高いレベルでいつもできたら苦労しないよ、というような短歌の作り方があると思うのだけど、そういうふうな歌を高いレベルで何個も作っていてすごい。

 

喪章のはな胸より集めて子はあした飯事遊びの花屋となるらし

 

米原で降りよ「ひかり」に乗れといふ切符を護符にをさなきおとな

 こういう、バックストーリーを感じさせる歌もめちゃくちゃ良いですね。喪章というかなり強めの言葉から始まる一首めは、その強さをストーリのなかにうまく取り込んで着地させている。「切符を護符に」というそれだけで金メダルもののアイディア、「幼い大人」というたった七文字ではじめてのお使い的な情景を描き出す技巧、それに加えて地名と電車の名前という固有名詞をふたつ詠みこんでいていて、この要素数を渋滞させずにさらっとまとめてしまっているのはとてもすごい。

 

近道をゆきたる人に十メートルほど遅れをとれり侮りがたく

 

食みあますことおおくなり半分の大根を買う いさぎよからず

 こういう謎の美意識、こだわりのようなものが見える歌もおもしろい。これだけ生活に浸透してしまうとなかなか意識にあげなおすことはできないけれど、たしかに、切られた野菜をスーパーで買うことには、ちょっとしたみっともなさみたいなのがあったはずなんですよね。そういうのをたぶん買わない側の人間だったひとが、でも、寄る年のせいか妥協しちゃって、そういう自分を「いさぎよからず」と一言で総括しているのが潔くて面白い。

 近道の歌にもなんとなくおなじ趣の面白さがありますね。

 

淋しといふ文字さながらの木となれりおほかたの葉を雨に落として

 いちばん優勝だった歌がこちら。上手すぎる。僕がもしこんな「決まった」歌を作れたらだれにも見せずにしまっておくと思う。出版してくれてありがとうございました。

 

S/Z

 

 サブスクサービスでてきとうにかけていたら「ザ・ドードーズ」というひとたちの音楽が流れてきて、それがとても良かった。もっと聞いてみたいと思って調べてみると、The DodosというバンドとThe Dodozというバンドが別箇にあることがわかり、どっちかお目当てかわからなかったので両方聞いてみた。そしたら両方よかった。

 

 両方よいとはね! ひょっとしたらこれと同型の幸せには死ぬまでにはもういちどもめぐりあえない可能性がある。

 

 まずは「z」のほうから。アルバムに収録されているおなじ曲とはかなり様相が違うアコースティックセッション。「ギターケースを踏む」「鍵を両手でもてあそぶ」をパーカッションにしているの悪い意味でおしゃれすぎるほど良い意味でおしゃれですね。

 フランスのトゥールーズ出身のバンドで2014年に解散している。

 

 こちらは「s」のほう。パーカッション担当のひととギター&ボーカルのひとのデュオで、とにかくギターとパーカッションとその絡み合いがすごい。激しいんだけど乱暴な感じはせずむしろ上品。エフェクトのかかったボーカルとあわせて、嵐の中心にある止まった時のなかから嵐を聞いているような感覚になる。

 

 もういちど「z」のThe Dodoz。PVがとてもとてもおしゃれでまいっちゃうね。中盤でアメリカをおちょくっているの本当にそういうところだと思う。ギターソロのところだったり、ひとつひとつの素材をとるとなんとなくダサく見えてしまいそうなものを最終的にまとめてかっこよくなっている。

 

 「s」のほうのThe Dodosはビジュアルや音色の面では若干地味だけど、曲が進むにつれていろいろな驚きで聴くほうを幸せにしてくれる。素晴らしいのはやっぱり通じ合っているギターとパーカッションだけど、その間に挟まる金管も憂愁を感じてうつくしい。

 2005年にサンフランシスコで結成してから継続的に活動をしているそう。

 

 

 世のなかには音楽家が無限にいて、その部分集合であるところの良い音楽家も無限にいるみたいなのですが、なかなか、ここまで似通った名前をしていてそのどちらも良い音楽家であるようなケースはきっとすくないのではないか。

 もしおなじような例を知っているよ! というかたがいれば、ぜひ教えてほしいです。僕に直接会ったときか、会う機会がないのであればべつのそれなりの手段で。リークをお待ちしております。さようなら。

良いニュースと悪いニュースがあるけど、どっちから聞きたい?

 

 「良いニュースと悪いニュースがあるけど、どっちから聞きたい?」というのは英語圏のジョークなどでよく聞く表現である。たとえば、こういうふうに。

 

医者「良いニュースと悪いニュースがありますが、どちらからお聞きになりますか?」

患者「では、悪いニュースから」

医者「あなたは病気にかかっています」

患者「では、良いニュースというのは?」

医者「この病気にはあなたの名前が付けられることでしょう」

 僕はこの表現を人生でいちどだけ、実際に使ったことがある。それは、僕が上京してきた年の3月のことだった。4月からはじまる新生活の準備のために、有楽町にあるホテルに宿泊しながら、新居となる大学寮に運びこむベッドや家電などの必需品を買いそろえていた。

 

 そのころの僕は18歳ではじめて故郷を離れ、自分がなにも知らないということさえ知らず、自分が調子に乗っているということにも気づいていなかった。新生活の準備くらいひとりでできると思っていた。大人の交渉と取捨選択をしているつもりになりながら、家電量販店の店員さんのすすめるままに意味わからないほど強力なスペックのパソコンを購入し、プロバイダのひとにすすめられるままわけわからんオプションの大量についたネット回線を引き、家具屋さんのひとにすすめられるまま8万くらいする羽毛布団を買ったりしつつ、これからはじまる新生活に夢を膨らませていた。

 

 家具屋さんでベッドを選び、購入と配送の手続きをしていたときに異変に気付いた。財布がないのである。

 

 もーうとんでもないくらいショックだった。ずっと何十分もお相手をしてくれていた家具屋さんの販売員に頭を下げて店を出て、昼食をとったレストランに事情を話して探し回ってみたけれど見つからない。もし道に落としていたとすれば、戻ってくるはずなんかない。地元の沖縄ならともかく、東京は人でなしたちが住む大人の街なので、落としたものは絶対に戻ってこない*1しなんならスリとかもたくさんいるっておばあちゃんが言ってた。

 

 財布がなかったら新生活どころか、ここから電車に乗ってホテルに帰ることもできない。キャッシュカードもなにもかも同時に失っており、東京に知り合いもいないのでもう本当にどうしようもないのである。こんなに物と人とチャンスのあふれている大都会にいてなにひとつ可能なことがない。

 

 しかたなく親に連絡し、帰りの電車賃は交番で借りた。*2食事はホテルのご厚意で、後払いでレストランで食べさせてくれることになった。

 

 数日後飛行機で助けに来た親に「ばか者」と言われながら新しい財布とキャッシュカード再発行までの生活費数万円をもらった。財布は長財布で、僕は個人的には折りたたみ財布のほうが好きだったのでそのことを言ったら、「立場をわきまえろ」と言われた。

 

 それでなんとか、親に手伝ってもらいながらなんとか新生活スタートの買い物を終え、4月1日には無事に新居に入居することができた。そのまま1か月くらいふつうに過ごして、ある日なにげなく鞄の整理をしていた。鞄のふだんはまったく使わないポケットに見慣れたほうの財布が入っているのを見て、最初はなにが起こっているのかよくわからなかったのだけど、しだいに、財布を落としてなどはおらず、あのすべては僕のただの勘違いで、財布はただここにあるということにずっとまったく気づいていなかったということがしだいに飲み込めてきた。

 

 電話をかけて、親が電話をとったので、言った。「良いニュースと悪いニュースがあるけど、どっちから聞きたい?」

 

 このことはいまだに親戚中の笑いの種になっていて、僕が顔を見せるたびに掘り返される。親たち世代は一生、死ぬまでこの話で笑うのでしょう。それに値することはしてしまったので、これはもう甘んじて受け入れるしかない。

*1:当時はそう思っていた。

*2:交番では最低限の電車賃を貸してくれることがある、とこのとき知った。

オタクはドラゴンと戦う

 

 僕の好きなオタクバンドにI Fight Dragonsという方々がいて、さいきんひさびさにニューアルバム*1を出した。その記念に、I Fight Dragonsのオタクミュージックをいくつか紹介したい。

 

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公式サイト(http://www.ifightdragons.com/

 

 I Fight Dragonsはアメリカ、シカゴ出身のインディーロックバンド。Nintendocoreとも呼ばれる、レトロゲームゲームミュージックのようなピコピコ音とパンクを融合させたようなナード極まりない音楽を多数リリースしている。こちらのMoneyでは、スーパーマリオパックマンを題材にした皮肉たっぷりなミュージックビデオに乗せた、良いポップパンクが楽しめますね。

 

 懐かしく温かいピコピコのシンセサイザーとバンドサウンドの組み合わせの妙がもっとも発揮されているのがこのMoveという曲ではないでしょうか。架空の2D美少女戦闘ゲームにあわせて、ドット絵で描かれるバンドが演奏するというナード極まりない映像が良い。最後の落下のシーケンスには謎のカタルシスまである。

 英語がとても簡単で、発音も聞き取りやすく、字幕までついているので、教材としても使えるかもしれませんね。

 

 あたたかな手書きアニメーションの映像が心地よいこの曲はThe Faster The Treadmill。ピコピコ音だけが特徴のイロモノオタクバンドなのではなく、しっかりとしたポップセンスに裏打ちされているんだということがわかってうれしくなってしまう。

 

 最新のアルバムからはこの曲を。若干のチル感というかベッドルーム感の加わったエレクトロポップ?という感じではじまって、サビでパンクになる。最盛期と比べるとやっぱりナード感が薄まってしまっているのは残念だけどしかたない。アーティストはいつまでもナードでいることはできないのでしょう。

 

 

 もっとも聴いているのがこちらの曲。The Geeks Will Inherit The Earth(直訳すると、「オタクが地球を継承する」、つぎの世代はオタクが天下を取るぜ、というような感じの意味だと思われる)。歌詞の内容も、「あのころオタクだった俺らのほうがヤンキーたちより金持ちになったぜ」という、かなり身もふたもないもので、大人になったオタクがだけど学校時代の軽んじられをそれで帳消しにできるかというとそうではない感じを痛切に歌っている。

 

I remember tryin' to talk to you in high school
Couldn't even get a look cause you were too cool
But now we're older and we're playin' by the new rules
We lived and learned

 

高校で君に話しかけようとしたのをおぼえているぜ

イケすぎててチラ見すらできなかった

けど今は俺らも大人になって、べつのルールのなかでやってる

生きていくうちに学んだんだ

We were the ones you used to make fun of
We stayed at home alone instead of falling in love
We never got the chance to be prom king
We didn't even dance but here's the thing...

 

俺らは昔お前らが馬鹿にしてたやつらだ

恋愛なんてできずに家でひとりでいた

プロム*2の王になる機会なんて決してなかった

踊ることなんてなかった。でも実は、

 

We got the cars
We got the money
We need some sun but I'm tellin' you honey...
That the geeks will, geeks will, we will inherit the earth
(The geeks will inherit the earth)
The geeks will, geeks will, we will inherit the earth
(The geeks will inherit the earth)

 

車を買った

金を手に入れた

日の当たる場所が必要だった

だけど君に言うよ

こんなオタクたちが、地球を受け継ぐやつらなんだ

 

 

 

*1:公式サイトで無料で配信されているほか、各種サブスクライビングサービスで聴くことができる。

*2:北米の学校で開かれるダンスパーティ。イケてるやつらにとっては楽しいけど陰キャにとっては地獄らしい。

世界の終わり集

 

 みなさんは世界の終わりが好きですか? 僕は世界の終わりが大好きです。僕の好きな世界の終わりをいくつか紹介したい。

 

The End of the World

The End of the World

 

 ところで、みなさんの世界の終わりはどこから? 世界の終わり愛好症の発症経路はいくつか解明されているものがあるが、僕の場合は那須正幹さんの「The End of the World」という短編小説でした。那須正幹さんというのは「ズッコケ三人組」シリーズの作者として有名なかたですね。

 核戦争後の小さな家族用シェルター。ずっと沈黙を守っていた無線機からある日突然女の子の声が聞こえて……、といういま思うとシンプルなお話なのだけど、だからこそ鮮烈なイメージが残る。

 性癖を作られてしまった、個人的に思い出深い「隠れた傑作」ですね。

 

 フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンの「世界の終わりのための四重奏曲」*1は、第二次世界大戦中、ナチスドイツの捕虜収容所で作曲され、はじめて演奏された。

 ピアノ、クラリネット、チェロ、ヴァイオリンというやや珍しい組み合わせは、ぐうぜんその奏者たちがおなじ収容所に収容されていたことからくるものらしい。

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 全2巻 完結セット (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 全2巻 完結セット (新潮文庫)

  • 作者:村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/11/05
  • メディア: 文庫
 

 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』はタイトルが印象的なのでひょっとしたら、『ノルウェイの森』の次くらいに有名な村上春樹の小説なのかもしれない。僕もタイトルに惹かれて、高校1年生の初夏に読んだ。

 そのころがちょうど、僕の人生で初めて「文学」というジャンルの小説を読み始めたころだった。「これから読書は楽しみではなく、ハードな『鍛錬』の時間になるだろう」と覚悟しつつ読んでいたが、死ぬほどスリリングで楽しくて面白かったので逆にがっかりしてしまった。 

 

 「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という、ふたつのお話を交互に読んでいく構成になっていて、「世界の終わり」には壁に囲まれた街が登場する。

 

 カリフォルニアとメキシコを合成させた「かばん語」の固有名詞を持つCalexicoの「End of the World with You」は世界の終わりのもつ荒涼として晴れやかなイメージをとらえた、秀逸な世界の終わりソングである。

 広い世界にひとりでしずかに立っていて、そしてあるとき歩き出した、みたいな情感のあるイントロが良いですね。

 

 よければ、みなさんのおすすめ世界の終わりを教えてください。

*1:「世の終わりのための四重奏曲」というのが定訳だが、今回は記事にあわせておきます。ちなみに、直訳すると「時の終わりのための~」というふうになる。