切符を護符に~中島やよひ『ローリエの縁』~

 

ローリエの縁―中島やよひ歌集 (新現代歌人叢書)

ローリエの縁―中島やよひ歌集 (新現代歌人叢書)

 

 中島やよひさんというかたの歌集、『ローリエの縁』を読んだ。読書メーターで確認したところこの本を読んだひとはいまのところ僕しかいないみたいだったが、それはもったいないくらいよい本だった。

 

自らに問ひて答へてゐるごとし風鈴は夜もときをり鳴りて

 

乱切りといへどかたちの揃ひきて縛られやすき人参にさへ

 世のなかや身の回りで自然に起きていて、とりあげてみると美しい、だけどほとんどのひとが気づかないような物事をピックアップして、それに適切なコメントをつける、という、なんとなく王道で、逆にそれが高いレベルでいつもできたら苦労しないよ、というような短歌の作り方があると思うのだけど、そういうふうな歌を高いレベルで何個も作っていてすごい。

 

喪章のはな胸より集めて子はあした飯事遊びの花屋となるらし

 

米原で降りよ「ひかり」に乗れといふ切符を護符にをさなきおとな

 こういう、バックストーリーを感じさせる歌もめちゃくちゃ良いですね。喪章というかなり強めの言葉から始まる一首めは、その強さをストーリのなかにうまく取り込んで着地させている。「切符を護符に」というそれだけで金メダルもののアイディア、「幼い大人」というたった七文字ではじめてのお使い的な情景を描き出す技巧、それに加えて地名と電車の名前という固有名詞をふたつ詠みこんでいていて、この要素数を渋滞させずにさらっとまとめてしまっているのはとてもすごい。

 

近道をゆきたる人に十メートルほど遅れをとれり侮りがたく

 

食みあますことおおくなり半分の大根を買う いさぎよからず

 こういう謎の美意識、こだわりのようなものが見える歌もおもしろい。これだけ生活に浸透してしまうとなかなか意識にあげなおすことはできないけれど、たしかに、切られた野菜をスーパーで買うことには、ちょっとしたみっともなさみたいなのがあったはずなんですよね。そういうのをたぶん買わない側の人間だったひとが、でも、寄る年のせいか妥協しちゃって、そういう自分を「いさぎよからず」と一言で総括しているのが潔くて面白い。

 近道の歌にもなんとなくおなじ趣の面白さがありますね。

 

淋しといふ文字さながらの木となれりおほかたの葉を雨に落として

 いちばん優勝だった歌がこちら。上手すぎる。僕がもしこんな「決まった」歌を作れたらだれにも見せずにしまっておくと思う。出版してくれてありがとうございました。