FC琉球vsツェーゲン金沢(19’ 17節)~上里一将と上原慎也~

 

 コンサドーレ札幌のサポーターではあるが、地元のチームに感情をなにも抱いていないかというとそれはそうではない。ただ地元のチームというだけではなく、今期のFC琉球には北海道コンサドーレ札幌に縁のある選手がふたり所属している。上里選手と上原選手だ。(名字でなんとなく察しがつくとおり)どちらも沖縄出身の選手であり、大学まで沖縄でプレーした。そのあとコンサドーレから声がかかり、プロとしての多くの期間を北海道で過ごした。

 

 どちらもコンサドーレ札幌にとっては生え抜きと言える選手である。僕が地理的にはまったく縁のない北海道のチームを応援してこられたのはこのふたりの影響が大きい。そのふたりがふたりとも今期は地元沖縄に帰ってきた。

 

 上里選手も上原選手も特徴がはっきりしている選手である。良いプレーも悪いプレーもとにかく目立つ。

 

 上里選手は素晴らしいキッカーだ。とくに、プレッシャーがない安定した状態で遠くに正確にボールを蹴る能力は並外れていて、このスキルだけで競えばJリーグの歴史にもそうそう肩を並べる選手はいないんじゃないだろうか。ただ、視野が狭くてアジリティも高くないので密集地で受けてボールをワイドへ展開するという、こういうタイプの選手のいちばんの見どころとなるプレーは苦手としているように見える。

 守備力は言われているほどないわけではないと思うが、動きの量や激しさは(怪我の影響もあるだろうが)確かにない。ただ、守備においては動きすぎないことが重要である局面もあって、この試合では49分ごろにそのひとつの例があった。自分の背中から走ってハーフスペースに侵入する選手を(一見自分のマーク対象のように見えるが、後ろの人数はそろっていたので)あえて放置し、そのさらにあとから入ってきた相手選手をカバーし、被決定期からチームを救った。

 

 上原選手はいわゆるフィジカルアタッカーで、体格に恵まれていて足も速いが、ボールを持ってのプレーは不得意としている。札幌では最前線だったり2列目だったりWBだったりSBだったりと様々なポジションで便利屋的に使われたが、もし彼がひとつのポジションで使われてしっかりと経験を積んでいたらどういう選手になっていたか、惜しまれる選手だと思う。

 前々節のホーム新潟戦では途中から出てきて、沖縄での最初のゲーム、最初のタッチで難しいヘディングシュートをねじ込んだ。ずっと決定力がいまいちで怖い存在にはなれなかった選手だったけど、こういう印象に残るゴールはたくさん決めてきた。これが上原選手なんだなあ…、としみじみ感動した。

 

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 琉球は中央でのパスワークでボールを保持し相手の守備ブロックを乱す、という能動的な攻撃の形を持っているチームである。一方金沢は、相手の隙を突くどちらかというとリアクション的な攻撃の形しか持っていないように見えた。かわりに守備から攻撃への移行はよく意思統一されていて、金沢はサイドハーフも中に絞ってパスコースを切る守備を行い、琉球のパスが出たところを中盤センターで奪い、すぐに琉球の守備ラインの裏を狙う。この形に琉球が対応しきれていない時間帯にあっさり先制した。

 

 時計の進みにあわせて琉球は攻めの形を取り戻す。とくにサイドバックにいったん預けて金沢のSHを押し戻す形が有効になってからは、攻めながら落ち着くことができているように見えた。ただ天候のせいもあるのか鍵となるパスのミスが目立った。最終的には相手選手のコントロールミスからボールを奪った上里選手が、国宝級の動きでマークを外した鈴木選手にラストパスを出し、ゴール。保持しているJリーグホーム無敗記録をさらに伸ばした。

 

 個人的に印象に残ったのは琉球ゴールキーパーの石井選手。琉球にはダニー・カルバハルというサイドバックみたいな名前の1stGKがいるのだけど、先日の試合で負傷した。ボールプレイに自信のあるキーパーのようで、なにを起こすかわからないパルプンテ型のキーパーであるカルバハルよりは琉球のスタイルには合っているように思う。失点シーンはノーチャンス、というわけではなさそうだけどそれ以外のシーンではいいセーブを見せていた。

「金色のガッシュ!!」の受傷

 

 「金色のガッシュ!!」という漫画をひさびさに読みかえした。完結したちょっとあとくらいのタイミングでいったん最後まで読み終わったのだけど、それ以来だとすると10年余りになる。僕にとっては自分で買い集めた初めての漫画だった。(後半は所有権および義務が移転し、買っていたのは弟や従弟だったが)

 

金色のガッシュ!! 完全版(1)

金色のガッシュ!! 完全版(1)

 

 

 1巻から18巻くらい(「千年前の魔物」編が終わってテッドと一緒にアースと戦うくらい)までは100回読みかえした。ガッシュ!!は100回読んでも100回面白かった。ひさびさに読みかえすと、魅力の再確認とともに、当時は気づけなかったいろいろな再発見があった。

 

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 ガッシュ!!の戦闘描写において焦点が当てられているのは、攻撃を繰り出す場面でも相手を打ち倒し破壊する場面でもなく、「攻撃を受ける」場面である。とくに、両手を広げて身を守る手段もなにもなく相手の攻撃の前に立ちふさがる光景は、いろいろなキャラによってなんどもなんども繰り返される。

 

 自らに降りかかる攻撃を覚悟を決めて甘受する。反撃や防御の手立ては限られているかほとんど見込めないが、とりあえずこの一瞬を、自分の命を度外視して痛みに耐える。そういう局面を美しく、価値があり、必要なことであるとして描いている。

 

 「お前は王をも殴れる男になったぞ」「私はいつだってカバさんだった」「清麿が変わったんじゃない」「私の後ろには、傷つけてはいけない人がいる」「(千年経った魔界でも)私が友達になるのだ!!!」などといった力の入った場面には、だいたい必ず、自らの身を顧みず、致命的な攻撃を無抵抗でただ受けとめたその回の主役たちの勇敢な姿を見ることができる。

 

 ほかにも、個人的に好きなシーンをいくつか挙げさせてもらえば、

・四体分離バオウ・ザケルガのためにひたすらリオウの攻撃を受け続けた高嶺清麿。

・拷問の脅しを受けている自分の女が攻撃してくるのを「俺の身体くらい、いくらでも貸すぜ」と言って背中から攻撃を受け続けるテッド。

・その姿を見て勇気を取り戻し、電撃の拷問を甘受しながら立つチェリッシュ。

・ラギアント・ジ・ゼモルクという見た感じあきらかに強い4連発の術で狙われた高嶺清麿を守るために(よせばいいのに)わざわざ集まってきて身を挺して守り、そのまま一人ずつぼこぼこにされるガッシュ、ウマゴン、レイラ、ティオ。

 

 もっとあるけどもう止めます。恥ずかしながら申し上げると、僕は覚悟の決まってる人間がぼこぼこにされて、だけど、気持ちだけでそれにぎりぎり耐えている、というようなシーンがなによりも好きです。ひょっとしたらガッシュ!!の爪痕なのかもしれない。

 

 もちろん、どれだけの受苦があっても物語のなかでは、物語のなかだけに働く不思議な力で死からは免れるし、痛みに対する相応の良い報いがある。受け止めることには意味がある。ガッシュ!!ではそれは、助けが来たり罠が発動するまでの時間稼ぎのときもあるし、受け止めたことが相手の心を動かし、どちらかが倒れる以外の結末へ導くこともある。あるいは、現実の世界では再現性のなさそうな物語特有のストーリーの力によって、ダメージを無抵抗でただ受けとめたことが勝利へつながる伏線になる、ということもある。

 

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 新しい発見もあったが、変わらない再確認もあった。

 

 みんなそうだとは思うけど、この子が、超好きなんですよ。

「LIVE!!」

 

 ラブライブ!が好きなので名前が似ているこのマンガも好きかもしれないな、と思って読んだ。ちょっと衝撃的な内容だったので、とりあえず印象には残った。

 

 作者の市東亮子さんは「やじきた学園道中記」が大量に実家にあることもあって僕のなかでは有名な漫画家だった。ブログを読んでみるとJリーグのファンでもあるらしい。

 

火星居留都市

人工磁気シールド、人工大気など高度な科学力によって

生命体の生存を可能にしている

だがそこに住んでいるのは地球人ではない

直立二足歩行こそしているものの、まさに進化の過程であった

 始まりからいきなりすごい。火星の都市から物語は始まるが、すぐに主人公たちが人類ではなく(よく似た姿をしてはいる)、どこか遠い母星から避難してきて火星にコロニーをつくった難民宇宙人たちだということがわかる。

 

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 主人公のミナミ、どことなくナランチャや黄天化を思い出してしまい、……ひょっとしたらあっけなく死ぬのでは? と懸念していたら全体の25%くらいまで進んだあたりで本当に死んでしまった。

 

 ミナミは惑星探査船に乗り込み、サムと船長と旅をすることになる。が、火星本部での異常を探知しあわてて引きかえすと、火星の都市は跡形もなく消えていた。天涯孤独の身となってしまったミナミとサムと船長は、月に移動。目のまえにある地球で知的生命体が進化するのを待ち、50万年後彼らと共存することをめざして冷凍睡眠に入った。

 

 ここまでがイントロダクション。そのあと時間は流れ、モニュメント・バレーでの第三種接近遭遇から本編が始まる。そのあとは謎めいた組織とかいろいろな勢力とか謎の強い女とか謎の隔絶された村が出てきて話は複雑になっていく。そして文庫版1巻のあとがき。

 

 ところで一巻目ではまだわかりませんが、二巻目から登場人物が変わったりして、この先「アレ?」と思われる読者もおられるかと思います。

 その理由はこうです。この作品はスタート時では原案者がおりました。連載が始まってしばらくしてその方との意見が合わなくなったことにより原案者から離脱し、登場人物や一部の内容を変更せざるを得なくなりました。

 一応連続性を保つ作りになっているけど、本当に新しいキャラが出てくる。2巻からはそれまでの展開を引き継げるだけ引き継いで、残りは完全にスクラップ&ビルドした新しい物語を読むことになる。

 

 もちろんそれは作者にとって不本意だったことに間違いはなさそうで、このあとも文庫版のあとがきには、自分の過去作に対する苦い気持ちの正直な発露が見られる。3巻あとがきでは当時、創作の渇きに突き動かされて、自分のキャパシティを越えて仕事を引き受けてしまったこと、その気持ちがあるとき途切れてしまったこと、4巻(最終巻)のあとがきでは、「ぶっちゃけ、この終わり方で満足しているのかと聞かれれば『否』でございます。(…)ベストを尽くしたとは言えると思っています」と作品の出来にまったく納得がいっていないとぶっちゃけている。

 

ご覧の通りです。これが私の全力でした。

そんなわけで、今回この本をお買いあげくださって読んでくださった読者には、ほかでもなく「読んでくれた」というその事実に心から感謝いたします。

 自分の不良債権と真剣に向き合った人間だけが出せるREALが4巻のあとがきにはあふれている。

 

 とはいっても、作品全体としては卑下にうなずけるほどつまらないというわけではない。全体の構成に並々ならぬ苦心が見えるだけで、個々のシーンやキャラクターは悪くはない。途中からキラーマシンと化すランはキャラ造形も戦闘描写も魅力的だし、とくに「俺? ただのゴミだよ」と自己紹介して人を殺すところはかっこよかった。リン・リーガルとイッセイのお互いをなんとなく気にするコンビも好きだった。

IKEAの由来、カラテオドリ

 

  調べるのが好きなのだけど、調べてばかりいると調べたいものがどんどん減って、最終的にはなにも調べられなくなってしまう。なので調べるものを募ってみたところ、優しいかたがたからいくつかの反応がもらえたので、よろこんで調べてみた。

 

IKEAの由来

ブリヂストン的な、ユニークな社名やブランド名の由来を教えて下さい!

  昔から気になっていたイケアの社名の由来について調べてみた。僕とIKEAには昔からいくつかの因縁がある。友人というよりはよき好敵手というような間柄だと、(IKEAがどう思っているかは知らないが)僕は勝手に思っている。

 

 戦績は互角、というところか。

 

 IKEAといえば家具にイスとか机とかではなく変なニックネームがついていることで有名である。スウェーデン語の地名や一般名詞を雰囲気付けにつけているらしい。これとおなじ要領でIKEAというネーミング自体もなんらかのスウェーデン語由来の言葉ではないか?とあたりをつけていた。検索したらWikipediaですぐに由来は見つかった。

 

IKEAは、Ingvar Kamprad, Elmtaryd, Agunnaryd の頭字語である。Ingvar Kampradイングヴァル・カンプラード)は創業者の名前、Elmtaryd は彼が育った農場の名称、Agunnaryd は彼の出身地の都市名でスウェーデン南部のスモーランド地方 (Småland) にある。

イケア - Wikipedia

 そこまでユニークな由来ではなかった。この方式でいけば、僕が家具店を創業したら名前はSTKO(ストコ)となることになる。なかなかおしゃれでそれっぽいけど、コストコと似ているのが難点のように思える。僕は農場育ちではないのでかわりにその部分には、僕が幼少期を過ごした遊園地のイニシャルを入れた。

 

 創業者についてもうすこし調べてみたら、7歳のころには自転車でストックホルムまで行って安いマッチを仕入れ、それを近所のひとに売って利益を出すなどの活動をしていたらしい。感動はできないがしたたかなマッチ売り少年の物語があった。

 

カラテオドリ

 じつはこれはそもそも知っていた。ギリシャ人の数学者の名前です。どのタイミングで知ったのかは思い出せないが、たぶん熱力学を勉強していたときに聞きかじったのだと思われる。

 

 数学科の学生の間では有名な定理らしい。最初は空手+踊りにしか見えないが、いちど知ると今度はギリシャ人の名前のようにしか聞こえなくなるのが不思議。

 

 ちょっと気になるけどべつに調べてみるほどでもない、というものごとがあれば教えてくれると嬉しいです。僕がかわりに調べて感想を述べます。

Amethyst remembrance

 

 いちばん好きな詩人はだれか考えてみると、時によって変わるとしか言えないが、その時のうち多くを占めているのは間違いなくエミリー・ディキンソンだ。

 

I held a Jewel in my fingers —
And went to sleep —
The day was warm, and winds were prosy —
I said " 'Twill keep" —

 

宝石を握りしめて

眠りにつくところだった

太陽は暖かく、風は平坦だった

私は言った。「ずっと、このまま――」

 

I woke — and chid my honest fingers,
The Gem was gone —
And now, an Amethyst remembrance
Is all I own —

 

目が覚めて、――自分の正直な指を叱った

宝石はどこかへ行ってしまった

そして、いま、アメジストの記憶だけが

私の持っているすべて

 大学時代のある夜、友達の家で宅飲みして酔っぱらってエミリー・ディキンソンの話をしていた。僕は当時酔っぱらわないとなかなか自分の好きなものについての話をすることができなかった。ふたりでウィスキーをひと瓶開けて、翌朝は人生最大の二日酔いをして、昼ご飯を食べに行った近くの家系ラーメン屋で、634ラーメンという(忘れたけど多分)ウズラの卵6つ、チャーシュー3つ、のり4枚という大盤振る舞いラーメンを頼んで、気持ち悪すぎてウズラの卵を3つだけ食べてあとは残して帰ったのを覚えている。

 

 エミリー・ディキンソンは自分の詩にタイトルをつけていないので、詩を特定して呼ぶときには全集の通し番号か最初の一行をタイトル代わりにつかう。この詩の場合は「245」または「I held a Jewel in my fingers —」になるが、僕の個人的な記憶のなかではAmethyst remembrance(アメジストの思い出)の詩としてインデックスされている。

 

 4行×2連の短い詩だけど、かけがえのないものが詰まっている。なんとなく、イニシエーションの詩のように見える。これは普遍的な真実で、全員が経験する出来事について語っているように聞こえる。だれもがみな、成長していくなかである日、それまで大事に持っていた宝物、自分にとっての大事なものを、あるなんでもない日になくしてしまう。それは激しい出来事ではなく、戦いもない。ただ、気づいたら手のなかから消えている。

 

 悔しさと怒りがあって、外にその態度をぶつけてしまうけれど、今回のことに関係があるのは自分だけだと自分がいちばんわかっている。宝石は消えてしまい、かわりに、失くしてしまったものの思い出が自分が持っているすべてになってしまう。そのときから、人生の質が変わる。いま手元にあるリアルな物のほうが大事だった時代が終わり、記憶や欲望のような、イマジナリーなものが人生の中心になっていく。だれの人生にも、そういう変化の出来事がある。

 

 というようなエモめな読み方を個人的にはしているが、エミリー・ディキンソンのほかの難解な詩と同じく解釈は割れていて、少女趣味の可愛い詩だというひともいるし、内なる信仰心を象徴した詩だというひともいる。

 

 この詩を好きなひとはいっぱいいるみたいで、「闇の末裔」という漫画原作のアニメに、「Amethyst Remembrance ~紫水晶色の思い出」(歌:斉藤かおる)という劇中歌があり、その歌詞にこの詩が(すこし改変されて)丸ごと使われているらしい。Yahoo知恵袋にその歌詞(つまりほぼディキンソンのこの詩)の翻訳を教えてください!って質問しているファンらしきかたがいてなんか良かった。おそらく聞いた人も訳して答えた人もこの詩が英米文学でもオンリーワンの評価がされている作家の有名な一作だとは知らなかったんじゃないだろうか。こういう、すこし外れた方法でそれでも正典が読み継がれていくの本当に美しくて好きです。

ウィキハウ

 

www.wikihow.jp

 

 ウィキハウ、というサイトがあってたまに読んでいる。簡単にいうとハウツー版のwikipediaのようなもので、いろいろな物事のやりかたを紹介した記事を集めた、だれでも編集できるプラットフォームのようだ。調べてみたところ、本家のWikipediaプロジェクトとは関係なく、運営は広告収入によってまかなわれているのだそう。

 

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 日本語版においてユーザーが活発に活動している形跡は見られないが、他言語版から大量の記事がローカライズされている。翻訳の質もとても良い。これを完読したとき、その人はおそらく世のなかのすべてが可能になっているだろう。

 

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 個人的に好きなのは「ジャンル:人間関係」のページ。「自説に固執する人と上手に付き合う」などといったかなり細かいシチュエーションまで載っている。人類社会に溶け込もうとしている宇宙人などにとっては宝のようなサイトだろう。

 

 

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 これは「上手にいちゃつく」の最初のブロック「いちゃつき始める」である。多少教科書的で、読んでいて楽しい文章ではないと感じるひとも多いかもしれないが、その分必要なことが具体的に、誤解の余地が少ないように書かれている。なるほど、とくにつきあいはじめて間もないころは、ほんの数秒目を合わせるだけで伝わるのか。しらなかった。またひとつ成長した。

 

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 「ジャンル:哲学・宗教」のページにも実用的な情報が並んでいるが、ほかのジャンルと比べるとまだ記事数が少ないのが難点だ。拡充が望まれる。

 

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 ひさびさにトップページの新着記事を見たらすこし治安が悪化しているようにも見えた。なんにせよ、料理とかDIYとか個別のジャンルではなく、ハウツーをジャンルの垣根なく集めたプラットフォームは(欧米では人気があるらしいが)日本ではまだほとんど流行っていないように思われる。

 

 ひょっとしたら今年はもっとウィキハウが盛り上がって、我々はさらに多くのことができるようになるかもしれない。

「雪華綺晶の天空離宮殿」

 

 人類の歴史のなかで一番面白いやる夫スレはなにか? それは、「雪華綺晶の天空離宮殿」である。

 

mukankei961.blog105.fc2.com

 

 AAをずれずに表示させるスクリプトの(おそらく)せいで、リンク先のページは一部の環境ではあまり快適には見れないので注意。

 

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 ある町の空に、ぽつんと浮かぶ浮かぶ宮殿があった。宮殿への交通手段はなく、いままでそこに行った人は誰もいないという。有名な探検家のやらない夫と、とくに定職にはつかず、かわりに町の人々に謎を振りまくという活動をしている「謎のやる夫」、この二人がある日出会い、バディを組んで天空の宮殿へ行くために冒険をはじめる。というお話。

 

 やる夫スレには独特の恥じらいがある。とくに、もともと人を煽るために生まれたAAキャラを使って作っている読みものなんだから、細かいところは気にしないで、ひとつの作品というよりは掲示板を使った暇つぶしだと思って読んでね、という雰囲気がまだ濃厚だった2011年ごろまでの作品にはその恥じらいが顕著だったように思う。そして、素晴らしい作家には、自分の頭のなかでつくった世界を外に出すときに、そういった種類の恥じらいを必要とするタイプのひとがいる。

 

256 名前: ◆jG/Re6aTC.[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 22:05:56 id:edrtm5lA

すみません、突然家に殺人鬼が上がりこんできました
30分ほど時間をください

 「雪華綺晶の天空離宮殿」は、ストーリーの本筋とはすこし離れたところや、あるいはお話とはまったく関係のない投下の合間で、とてもコミカルな展開をする。とくにこの殺人鬼襲来の夜はいまでもファンの間では語り草になっている。

 

258 名前:どこかの名無しさん[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 22:17:18 id:gCqUf9/s

しかし>>1は凄いな、30分あれば殺人鬼に対処できるのか。

 

260 名前: ◆jG/Re6aTC.[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 22:36:49 id:edrtm5lA

説得を続けた結果、殺人鬼は隣の家に行ってくれました

 

262 名前:どこかの名無しさん[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 22:37:21 id:gCqUf9/s

それはそれで駄目だろww
おかえり。

 住人もとても優しい。

 

 しかし、そのようなコミカルさの掘の内側で、お話は本当に面白い。世界観や設定にはワンダーの感覚があふれていて、物語のひとつひとつの想像力がオンリーワン。知らない道を歩くように楽しくスクロールできる。

 

 楽しいだけではない。物語は緊張感をもって展開し、いくつかの素晴らしいシーケンスで激しいカタルシスとなって結実する。たとえば、怪盗からすが追いつめられて、七つの子を歌う場面。

 

どこからって・・・ そりゃあ・・・ 僕の口からに・・・決まってるだろ・・・

 追いつめられて七つの子を歌うという展開をどうやって思いついたのかはわからないが、いままでにほかの作品では見たことのない凄みをもたらしている。

 

 そしてなんといっても、天空の離宮へ向かうための最後のピースである、とある人物へ会いに行く長いエピソード。探検家としての名誉のため、ほかのすべてを犠牲にしてでも離宮へ向かおうとするやらない夫と、そこまでの気持ちがあるわけでもなく犠牲への想いとの連れの熱意との板挟みになるやる夫。このふたりの関係性の綱引きはシンプルではあるがしっかりと書かれていて物語になっている。そして、「価値のあるもの」と引き換えに、修行なしでもすさまじい力を発揮できる「邪流剣術」を使った戦いと、その意外な結末。

 

 ほかの素晴らしいインターネット読み物と同様に、この作品も未完のまま終わっていて、つづきが更新される望みはまったくない。それでも、天空の離宮へ到達するところまでは進んでいるし、そこまででも十分に読む価値がある。

 

 昔夢中になってて、最近ひさびさに読みかえしたけれど、やっぱり素晴らしかった。野生の天才。