比留間久夫さんというひとの書いた、『Yes・Yes・Yes』という小説を読んだ。ネットを探ってみた感じだと、世代と嗜好が直撃した人々には支持されているようだが、その外側にはあまり名前が伝わっていない作品のようである。僕も偶然知るまで、作品の名前も著者の名前も知らなかった。
とてもとても傑作だったので、もうすこし広く知られても良いのではないでしょうか。ここを見ているかたはぜひ、認知してみてください。
最初の頃、僕は客の扱い方もかけひきの仕方も知らなくて、よく店の奴らから笑われたものだった。
主人公のジュンはゲイの男性相手に性的サービスを提供し、対価に金銭を得る業をしている男の子である。そのジュンを中心に、夜の街の同僚やお客さんたちの姿を、断章形式とも連作短編ともつかない、その中間のようなふわっとした形式で描いている小説である。
書きかたはシニカルでクールで怠惰でポップ。夜の街で売り子として生きることがどんな感じかということを、多少の美化は加えつつも、その美化によって損なわれないような本質をしっかり含むかたちで描いている。
形式はポップなものの、内容はストレートである。最初の2章では最初の客、「好色で、ずるそうで、品がなく、醜い」じじいに容赦なく犯されて、そのなかに屈辱からくる快感があることをたしかに感じる主人公の姿が描かれている。過度に卑猥ではないが衝撃を与えるくらいには切に描写されていて、ここの部分でこの本を無理になってしまうひとも多少いると思われる。
奴は僕を見ると、よく爺いが赤ん坊に向ってする、あの滑稽なあやす顔をして、僕に近づいてきた。そしてキスをした。バスタオルの上から触ってきた。僕は我慢した。もう疲れた。本当にしつこい。
とはいえ、若い男性はまあ読めるのであれば真剣に読んでおいたほうがいいのかもしれない。ひょっとしたらいつか、自分の腕力や権力では歯が立たないほど強い相手のまえで、膝を折ったり足を開くのが最善となるようなシチュエーションに遭遇するかもしれない。
そのあとにはそれぞれに趣向を凝らしたさまざまな章が並ぶ。どの章もハードボイルドな仕上がりになっていて、各物語の主題とはならないけれどもその背景にずっしりとあるセックスの情欲と、微妙なバランスで引き立てあっている。この小説の一番重要な文学的成功はここだろう。
「知的探索」といった雰囲気でやってきたフランス人映画監督にひとりだけ呼ばれてチップをもらう話。ただの遊び相手以上の気持ちを主人公に対して感じてしまっている「みっちゃん」という薬物好きのおぼっちゃまとの、ピアノの下のじゃれあいの話。印象に残るお話は数多い。
小説全体の終わりかたもとても綺麗だった。音楽をやりたいという新入り売り子に、「曲を書いてくれ」と頼まれるけれど、主人公はそれを断り、冗談っぽく「だって俺はいまも歌っているもの。夜になるとあそこで美しい歌声で」とホテル街を指差す素晴らしいシーン。
二万円。今、僕にあるのはこの二万円だけだろう。ほかにはきっと何もない。
いまならアマゾンで1円で買えます。二万円あれば二万冊買えますね。コロナ・ウィークエンドのおともにどうぞ。