さりげなさと重大さの奇跡的な両立~志村貴子(原作:藤野千夜)『ルート225』~

 

 まずはAmazonAmazonに収集された僕の個人情報に感謝をしたい。どちらが欠けていても、藤野千夜さんの『ルート225』を志村貴子さんがコミカライズしたという神本がこの世にあると気づくことはできなかっただろう。

 

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ルート225 (シリウスコミックス)
 

 

 原作となっている藤野千夜さんの『ルート225』、書名も著者名も、広く知られている、と言ったものではないが、……傑作です。

 

 主人公は中学校1年生と2年生の姉弟。ある日、姉が弟を迎えに行って戻ってくると、そこはいままでいたのとはすこし違うパラレルワールドで、そこでは死んだはずの同級生が生きているし、なんとなく疎遠になってしまったはずの友達が親しげに話しかけてくるし、テレビのなかの高橋由伸はすこし太ってみえる。……そしてこの世界には、お母さんとお父さんがいない。

 

 という感じの、すこし・不思議系のほんわかSF話。

 

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 原作小説でも、志村貴子さんのコミカライズでも同様に言えるのだけど、物語の中で起きる不思議に対して、主人公の姉弟はちょっとシビアな、見ようによってはませた態度を取っていて、主人公たちとおなじ年ごろのころに読んだときはそれがリアルだったし、すこし大人になってから読みかえしたときにはそれが余計に切なかった。

 

 出来事の描写も、非常にナチュラルながら、感情が巻き起こってくるところではその切実さが伝わって来て、とてもメリハリが効いていた。さりげない、でも丁寧な描写のなかから、描かれている事の重大さが立ち現れてくる。

 このへんも、表現力がある、語りがある感じの絵をしながらかといってうるさいわけではなく、いい意味でプレーンな感じが持ち味の志村貴子さんの漫画と非常に合っていると思う。

 漫画家+小説家のコンビでこんなに持ち味が生かされ合っているのって、あとは僕の経験からだと大暮 維人+舞城王太郎しか思いつかないな……。

 

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 この志村貴子さんのコミカライズはとても良かったのだけど、一点だけ、重要な部分を原作から変更している。これは、まあ間違いなく作品としての質を下げていて、オリジナルバージョンが『ルート225』の最良の形なのだけど、『ルート225』のファンなら、とくに『ルート225』を思春期に読んでこの物語に絡みつかれたままその後の人生を過ごしているひとにとっては、この変更についてなにかを咎める気にはなれないんじゃないかと思う。

 

 オリジナルバージョンはあまりにも悲しすぎた。だからこそ重大な作品だったのだ。……その重大さを一度くぐり抜けて、その経験があったからこそ『ルート225』のことを印象深く思いかえせるくらい大人になった『ルート225』ファンが読みかえすものとして、このコミカライズはとても意味の分かる変更をしたのだと思う。