代わりにくじ引きで決めよう!~ダーヴィッド・ヴァン・レイブルック『選挙制を疑う』~

 

抽選で選出された市民には職業政治家のような専門知識はないかもしれない。だが、べつのものがある。すなわち自由である。詰まるところ、当選する必要もなければ、再選する必要もないのである。

 現在、政治の世界に市民の意見を反映させるシステムとして、選挙で代表を送り込む、というのが行われている。ただ、何回か選挙に参加したことがあるひとはなんとなく共感してくれるかもしれませんが、選挙って終わってないですか?

 

 『選挙制を疑う』の著者、ダーヴィッド・ヴァン・レイブルックさんもおなじ意見のようで、現代の選挙は以下のような理由から行きづまっているので、むしろ抽選で選んだほうがいいと考えている。

・そもそも多くのひとが投票していない。
・実質的に被選挙権を持つのは社会の限られた、偏ったグループの人間だけである。
・政権を担うと次回の選挙での得票率が下がる傾向があるので、交付金などで存続が保障されているのならば、政党にとって与党になるメリットがそんなにない。
・選挙はショーと化しており、政治家は再選(=自らの職を守る)ためにメディア上でのバトルに忙殺される。
・選挙によって煩わされずに仕事を遂行できる、強大な権力のあるリーダーを求める市民も多い。

 

 なぜ選挙制ではなく抽選制を採用すべき理由はなんなのか、ということと、実際に採用されるべき抽選制とはどのようなものか、が書かれた本である。アカデミックな深い分析があったり、体系的な議論があるタイプの本ではなく、思想を広めて社会の変化を促すパンフレットのような本である。なので読んでいて面白いし分かりやすい。

 

 選挙制はじつは市民革命の時代に「民主主義の行き過ぎを防ぐ」ために導入されたどちらかというと反動的なシステムだったことと、西欧にはそれ以前から、市民の政治参加の方法として「抽選された人々による熟議」を採用する民主主義の伝統的実践があった、ということを歴史的に解き明かすセクションは知的に面白かったし、そのあと、実際にヨーロッパでは「抽選+熟議」による政治的意志決定の試みがアイスランドアイルランド、カナダなどで結構な数行われているというのはたんに知らなかったのでびっくりした。

 

 ちょっと気になったところもある。この本では一貫して選挙制より抽選制のほうが市民をよりよく代表する議会が作れると主張しているが、それは自明視されていて、明示的な説明は「選挙はつまるところエリート層が権力を握る手段じゃん。」というツッコミくらいしかない。

 選出過程に注目すればたしかに、ランダムで抽選されるほうが平等で、市民のいい代表になるというのは説得力があるが、「(抽選された)代表者による議会の制定した法律がなぜ抽選に漏れた人たちに対しても強制力を持つのか」というところに関しては、抽選は選挙とはべつの*1理屈を用意しないといけず、納得のいく理屈を見つけるのはなかなか難しいのではないかと思った。

 

 あと、選挙制の悪い部分はだいたい選挙の実際の運用・堕落した実態に関する部分で、それと理想的な抽選制*2を比較してメリットデメリットを論じるのはちょっとかわいそうだと思った。選挙制だって本当に理想的に運用されれば市民のよい代表になるのはたぶんそうなわけで。

 

 さくっと読めるし内容も短いわりに盛りだくさんなので、選挙より抽選が良くね?とちょっとでも思ったかたは読んでみて損はないですよ。

 あと、中盤で出てくる「かつ政治的意思決定を多段階に分けて、それらに抽選制と選挙制、志願制を複合的に、段階ごとの目的に合わせる形で取り入れることでよりよい民主制を実現させるシステム」はとても良かったので架空の政治システムを考えたり見たりすると興奮するタイプの人はぜひ見てほしい。

*1:選挙した場合は、議会での合意は、投票というプロセスを挟んだ市民一般の意志とみなせて、自分の意志には当然従う「近代的な個人」の枠組みを流用する形で法律の強制力が説明できる。

*2:実際に運用された実績がないのでそうなっちゃうのは当然だが。