エイミー・C・エドモンドソン『恐れのない組織』

 

 モラスはスタッフが何も言わないことに気づいて、じっくり考えた。おそらく、もう一度やってみようと思ったにちがいない――問題など一切起きていないかのような反応を改めてもらうために、専門病院が複雑でミスの起きやすいところであることをもう一度説明してみよう、と。説教したい気持ちはぐっと抑えた。代わりにシンプルな、かつ効果てきめんのことをした。こう尋ねたのだ。「あなたの患者は、あなたが目指したとおり、今週ずっと、あらゆることにおいて安全でしたか」

 

 『恐れのない組織』という本を読んでいた。「不確実で複雑な現代のビジネス界で、知識を集約して働くチームが結果を出すには、学習とイノベーションの創出が必要だが、それにはチームのメンバーが安心して率直に意見を言い合えるような風土が必要である」ということを述べた本である。

 いくつかのケーススタディとさらっとした研究の紹介などが行われているが、探求的な本ではなく、組織には「心理的安全性」があるといいですよ、というアイディアを効果的にシェアすることに目標が置かれている。

 

 書かれている(おそらくこの著者がこのアイディアを思いつき、世界に広めた結果そうなったのだと思うが)こと自体はそんなに目新しい、驚くような内容ではないため、べつに読んでいてめちゃくちゃ面白い本ではないのだが、もちろん、読んでいて楽しいこと以上のおおきなことを世界のなかで達成した本なのでしょう。

 

 チームの構成員の個人的資質が満足できる水準にあっても、「心理的安全性がない」という、組織に備わった風土に問題がある場合は、チームのパフォーマンスは良くならず、ときには致命的なミスも犯してしまう。風土、大事だよね。

 ……という内容の本なのだけど、ではその風土をどうやって望ましいものにするか、どうやって「心理的安全性」を作っていくのか、という話になったときはけっこうリーダー個人の資質や能力に注目しているのが不思議だった。リーダーがチームの情報を吸い上げる体制を作って、「心理的安全性」を実現するにはこんな方法があるよ、と説明したり、実際にそれを成し遂げたリーダーの事例がたくさん紹介されるんだけど、そういうふうに構成員の能力にブレイクダウンして考えることのできない、「チーム」に付与される、パフォーマンスの説明変数があるよね、という話なのかと思っていたのだが。

 

 上司にこれを読んで、まさにここで書かれているタイプのリーダーになってほしいな! ……と思うのだが、同時に、上司にもさらに上の上司がいて、その上には会社組織のてっぺんに達するまでさらに別のひとがいる。そして、いちばんトップのひとたちは、顧客だったり株主だったり規制当局だったり競合他社だったり組合だったり、さまざまなステイクホルダーたちと、友好的あるいは敵対的な関係で編まれる複雑なチームを作っている。

 そういった、いちばん大元の環境にも「心理的安全性」があると、人類は総体としてイノベーティブで学習的で豊かになるのかな、とか、でもそういう自然状態的な環境で「心理的安全性」を実現させるのって難しそうだな、とか、そもそも、自然状態に心理的安全性を実現させる、というのが国家から企業、個人間のパートナーシップにいたるさまざまな種類の協働の目的、という整理のしかたができたりするのかな、とか思いました。