東京スカイツリー

 

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 この日は東京スカイツリーについていろいろと考えた日だった。高校時代からの友達に呼ばれてスカイツリーに着いた。出かけるのが嫌にならない程度の雨が降っている日だった。

「お前、編集とかの仕事してるんだっけ? 今度社内でスピーチをするんだけどその原稿の校閲?的なのしてくれない? 文字単価の仕事とかって感じで依頼できないかな。フリーランスに依頼できるサイトに頼ろうとも考えたんだけど、社の情報とか出ちゃうし、コンプラ的にオープンサービスに頼りたくない。会社名とか教えてもいい相手のほうがやりやすいと思って」

 

 僕は一応いまは編集とかライティングの仕事をしているけれど、しはじめてまだ2か月だし、そもそも(社内では人が足りずにやらされてはいるものの)校閲というのは編集やライティングとはべつの専門性を持った仕事である。

 とはいえ彼と会うのは久しぶりだったので、とりあえず出かけてみることにした。そもそも友達だし、お金のやり取りをそもそもするかどうかなども含めて、どれぐらいの雰囲気にするかはその場であってみて決めればよい。

 

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 僕がお願いされたのは、スピーチの、定型的な挨拶を除いた300字ほどの部分だった。300字て。どんなに迷走しても15分あれば終わるぞ。そこですこし考えた。

 こういう友達どうしのやりとりにお金を介在させることを、彼はいとわないというか、そういうくっきりとしたけじめがあるほうが友達づきあいをやりやすい、と考えるような人となりをしている人物だった(と僕は彼について考えていた)。べつに頼まれたらなんだって僕はなあなあでやっちゃうのだけど、そういう無形の貸し借りではなく、明確なお金のやり取りを好むタイプ。

 

 もしこんなしょぼいタスクでお金をもらうことになっちゃったら、やや申し訳ないな、と思いながら彼とパソコンに向かったところ、しばらくして、じつはそうしょぼくもないな、と感じるようになる。そもそもそんなに、自分の意見を言葉にするのが好きなタイプではないやつだとは知ってはいたが、300文字のスピーチを書くのにこんなに苦戦をしているのだとは思ってもみなかった。

 

「こういうのは適材適所だと思う」

 自分の経験について、それについてなにかを思ったり感じたりしたことがあまりないんだよね、と彼は言った。「学校の作文が苦手だった。書きたいことを書けばいいじゃんって言われても、書きたいこととかないんだよね」と。

 文書に向かって考えている時間より、タスクから逃避して雑談をしている時間のほうが長かった。勉強が嫌いな小学生を教えているみたいだ。

 

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 僕は、書きたいことなどなくとも、書かれるべき文章の内的整合性から逆算して、自分の内側に書きたいことをあたかもそれがあったかのようにすらすら構成できるタイプの能力をいつのまにか身につけてしまっていて、いま書いているこの文章もまさにそういうふうに書いていてそこには真実っぽいものは(なにもない、とは言わないけれど)期待されるほどはない。そういう感じに生きてきたので、彼の反応はとても新鮮だった。

 

 結局、力を合わせて、個人的に見て75点くらいはあるかなってくらいのスピーチを2時間ぐらいかけて生み出すことができた。「お前がいなかったら、1週間ぐらいこれを書かないといけないことにいやな気持ちがしていたと思う」と貢献をたたえられ、まあたたえられる程度の貢献はできたかなと思った。満足だった。

 

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 書きあがったあと、ふたりで夕飯を食べに行って、それが終わったころは夜だった。「毎日見ても飽きない」と彼はスカイツリーを評した。たしかに、ばからしい建物だけど、それくらいの存在感はある。こんどはこのへんに住んでみるのもいいかな、と思った。