とつぜん出現した謎の犬におびえる人々を描く表題作。老いたる山賊の首領が手下にも見放され、たった一人で戦いを挑む「護送大隊襲撃」…。モノトーンの哀切きわまりない幻想と恐怖が横溢する、孤高の美の世界22篇。
ストーリーそのものの面白さや意外性、そのストーリーに埋め込まれている発想の新規性、みたいなものを最大限に表現して、メッセージ性や感傷、詩的さ、現実世界とのつながりなどといった要素はちょっと無視する、……というタイプのお話を指すのにちょうどいい、「世にも奇妙な物語っぽい」というたとえが日本にはあって、このイタリア人作家ディーノ・ブッツァーティのショートショート集はそのたとえを使うのにちょうどよい作家なのではないかと思う。
「七階」では、階を下にいくほど病気が重くなる不条理な病院が描かれ、「コロンブレ」では船乗りを永遠に海から追い回すサメのお話が語られる。
『タタール人の砂漠』という小説でもっともよく知られている作者のディーノ・ブッツァーティさんは、「カフカ的な」という形容詞が似合う作家のひとりでもあるのだけど、この本を読んだ感じでは、その形容詞が思わせるような真剣に実存的な問いというものよりは、小説という形式を使った発想力の気軽な遊びのようなものを強く感じる。すくなくともこの本は、物語を読むことを楽しみたいときに読む本だと思う。
「神を見た犬」では愛すべき俗悪な人々がたった一匹の犬のために相互監視の檻の中に閉じ込められてしまう様子が描かれ、「護送大隊襲撃」では落ちぶれた山賊のロマンチックな最後の戦と死が語られる。
こうして、立場こそ逆転したものの、ふたたび冷戦がはじまった。
個人的に笑っちゃったのが「秘密兵器」というお話。アメリカがソ連にたいして、ソ連の人民がこれを受けたら「資本主義サイコー!」という気持ちになってしまうような新兵器、その名も「説得ガス」を撃ち込んで、見事冷戦終結…、と思いきやソ連もおなじ効果のガスをアメリカに撃ち込んだので、主張が入れ替わっただけで冷戦は続いた…、というだけのばからしいお話なのだけど、まあたまにはそういうのも悪くない。
こういう、イマジネーションに振る系の作家ってけっこうな自然科学の教養を持っていることが多いんだけど、そんな余計なものは持たず、「説得ガス」とかいう大味極まりない小道具を使っているのが素朴で良い。