二度と私を小説に出すな~松浦理英子『裏ヴァージョン』~

 

 この小説はひょっとしたら、予備知識なしで読んでちょっとずつ内容と状況を理解していったほうが楽しいかもしれません。以下では本の仕組みにしっかりと触れるので、もし読む予定がある人はその辺に留意いただければと思います。

 

 

 

 

 

 

裏ヴァージョン

裏ヴァージョン

 

 今回は甘美なお話ですことと褒めてもいいんだけどさ。人の忠告に耳を貸さないその曲がった性格が気に入らない。次こそ想を練り直してアメリカとSMから離れるように。そもそもあなたはアメリカになんて行ったことないんでしょう? 

 

 乗っちゃったからやめられないね。

 

友達、募集中。報酬月一本の短編小説。応相談。

 

 『裏ヴァージョン』はすごい小説だった。ひさびさに「面白れ~~~」と思いながら読んでしまった。こう毎日本ばっかり読んでいると悪い意味で目が肥えてしまって「ふ~ん。まあ、面白いじゃん」みたいな気持ちで読んでいることがほとんどなんだけど、ひさびさに「面白れ~~~!!」という気持ちで読むことができた。

 

 昌子と鈴子という登場人物がいる。昌子は40歳。まあいわゆる腐女子で、現実の生活よりも自分のなかにあるファンタジー(とくに少年同士の性的な)を優先した暮らしをしている。昔文芸誌の新人賞を取って本を一冊出したが、そのあと作品が評価されることはなく、いまは職探し中の身。鈴子は昌子と学生時代の仲間で、昌子を同居人として家に迎え入れることにした。家賃として求めたのは、月に20枚の短編小説。

 

 上記したような内容を読者が知るのは小説の後半以降である。それまではずっと、家賃がわりに昌子から鈴子にフロッピーディスク*1内のテキストデータとして渡されたその例の短編小説を読み続けることになる。小説の終わりには太字で、鈴子のものと思われるコメントが書かれている。

 

何なの、これは? 誰がホラー小説を書けって言った? ステファニー・クイーンだなんて、オコジョだなんて、あほらし過ぎて泣けてくる。もっと真面目にやれ!

 短編小説を媒介にして交わされる二人の対話を読むうちに、二人の過去と現在、そしておたがいにぶつけている感情が見えてくる、……という非常に文学的にテクニカルな作りになっているが、テクニカルである以上に面白い。浮かび上がってくる二人の関係性が面白いし、その媒介になっているそれぞれの短編も非常に面白い。

 

 最初から最後まで、興味を持って描かれているのは「関係性」であり、それは、横に並んで相手とおなじ場所を向いているようなものではなく、お互いに感情を向けあい、駆け引きを繰り広げるような戦闘的なものである。関係を欲望する気持ちを持っている人には、挿話のひとつひとつが痛く刺さると思われる。たぶんオタクのため、関係性嗜癖者のオタクのために書かれた作品だと言っていいと思う。

 

質問18 自分のことをオタクだと思いますか?

 

答18 何で? 思わない。わたしはちゃんと身なりにもかまってるもの。フランスやイタリアの服を着てるでしょ。安いやつだけど。

 

*1:1999年から2000年にかけて書かれた小説である。