「買ってみたけれどあまりにも辛くて食べられなかったから、これきみにあげるよ」と3パック入りの袋が破られ中に2個残っていた状態で会社の上司からもらったのが、この、農心「辛ラーメン」だった。
「かららーめん」ではなく「シンラーメン」と読む。「シン・ゴジラ」みたいでかっこいい。
もう今は経済的にはすっかり貴族になってしまったが、精神は長かった物乞い時代の影をかなり引きずっていて、こういうふうに食べ物をもらうと「得した!」という気持ちにすぐなってしまう。
その場でちゃちゃっと食べちゃうものでもない普通の食品、しかも持ち主のあまりものの食品を分けてもらうことに高貴なひとは恥じらいをおぼえるのがふつうらしいので、今後はそのような精神も身につけていきたいとも思った。
というわけでつくって食べてみたのだけど、とても辛かった。麺を舌の上にのせるとめちゃくちゃ痛いので、なるべく舌には乗せず、歯で噛むようにして、なんとか食べきったのだけど、食べきったあと、かたづけをするまえに、ちょっとスープを飲んでみた。そのときは、ぜんぶ捨てちゃうのももったいないし、ものの試しに、というだけのつもりだった。真っ赤なスープはあたりまえに辛く、口のなかや舌だけではなく、のどの多くのほうまでまんべんなくひりひりするようになった。
捨てる直前にも、もう一口だけスープを飲んだ。
びっくりしたのは、その日の夜からつぎに辛ラーメンを作って食べるまでの1週間のあいだずっとのことである。なんでかわからないんだけど、布団にかぶって眠るとき、昼休みの15分前の時間を職場の机でなにもせずつぶしているとき、晩御飯をなににしようか考えながら家に帰っているとき、……生活のありとあらゆるタイミングで「辛ラーメン」のことを思い出すようになってしまったのだ。
こらえきれず「辛ラーメン」と検索して、辛ラーメンに関するブログやAmazonレビュー、海千山千のYouTuberの辛ラーメン食レポ動画をすべて見た。
辛ラーメンってどんな感じだったっけ、辛かったのは間違いない、……おいしかったか? うま味はややうすめだったけど、それはそれでアジアンでよかったし、日本の感覚とはちょっと違うけどたしかに「スープ!」って感じの別種のうまさはあった。……調べたところによると韓国では「ラーメン」と言えばこれで、食堂などでラーメンを頼んだらこれがそのまま出てくるという。もちもちとした麺に味をしっかり吸わせるため、茹でるのではなく、先にかやくと粉末スープを入れてスープを作ってからそれで麺を「煮る」というイメージで作るのがおいしいらしい。
辛ラーメンのことをずっと考えていた。考えすぎて、パソコンのロックを解除するときに反射的に「shinra-men」と打ち込んでしまいロックが解除できなかったこともあった。ただ、実際に作って食べようとするとなんとなくためらわれてしまって(だって辛いので)、結果ずっと悶々として過ごしていた。引きつけられる力と逃げ出したくなる力、……あやうい吊り合いは、まるで恋のさなかにいるときのようだった。
さきほど、4回目の辛ラーメンを食べたところだった。比較的平常心で食べ終えることができたけど、食べ終えてまだ間もないいまの時点でもうまた辛ラーメンが食べたくなってきている。
ちょっとずつ味にも慣れてきたので、今度はだしを加えたり、具材を入れたり、おじやを作ったり、鍋のしめにしたり、いろいろアレンジして食べてみようかなと思っている。