ガストのモーニングに行くのが好きである。だいたい500円くらい、ちょっと吝嗇をすれば299円+税で朝ご飯が食べられる。広々と4人掛けの席に案内され、テーブルの上には提携している読売新聞が置いてあって、社会の動きを知ることができる。ドリンクバーとスープバーも完備、……席とバーの間を往復しながら朝の時間をくつろぐのも素敵だ。
これは店舗によるのかもしれないが、ガストのドリンクバーではキーモンという僕の好きな紅茶が置かれていることがあって、これは大きなプラスアルファポイントである。そしてこれもまた店舗によるのかもしれないが、ガストは店内でかかっている音楽も良い。どういう選曲なのかは不明だが、フュージョン風味のよいBGMだった。*1
昔日雇いで働いていたとき、集合時間よりかなり早めについてしまったのでガストに入ったことがある。今日8000円稼げるのだし、……と気が大きくなっていつものトースト&ゆで卵セット(299円+税)ではなく目玉焼き&ベーコンソーセージセット(499円+税)を注文した。てきとうに新聞を開きながら座っていると、となりの席に60歳くらいの二人組が座った。
「これ、分かんないんですけど!」とひとりが店員を呼んだ。なんだ?と思ってとなりを見ると、そのひとは注文用のタッチパネルを指差していた。このガストはちょっと雰囲気が悪く、責任者らしき人がワンオペでホールを回しているところだったので、余計な仕事を増やされてかわいそうだな、と思いながらとなりの席を盗み見ていた。二人組はふたりともトースト&ゆで卵セット(299円+税)を注文し、店員はそれを聞いて、席備えつけのタッチパネルにそれを入力した。
なんとなくとなりの席のふたりのことが気になっていた。片方の、さっき店員を呼んだほうのひとは片目をずっとつむっていた。なんとなくイメージカラーは、黒、という感じだった。もう片方のひとは緑という感じで、そわそわと動いて椅子を揺らしていた。たまに会話をしたり、おたがいをドリンクバーに行って来たら?というふうに促すのだけれど、微妙に疎通がとれておらず、発音に不明瞭さがあって、しゃべりかたも不自然なくらいゆっくりだった。
すると、緑のひとが伝票に手を伸ばして、おおきくあわてだした。それを見て黒のひとがなにかを察したみたいで、立ち上がってキッチンへ続くドアのところまで行って、引っこんでいた店員さんを呼び出した。「あの、目玉焼きってあるんですけど…」「はい。こちらにはそうですけど、打ち直したので大丈夫です」どうやら、支払い伝票にミスがあったのだけど、店員さんが対応済みの案件だったらしい。
黒のひとはよくわからないような顔をしながらも一応納得して席に戻り、その内容を緑のひとに伝えた。緑のひともよくわからないような顔をしていたが、一応納得したみたいだった。
その数分後、また緑のひとがそわそわしだして、「目玉焼きって書いてあるんだけど、頼んでないよなあ…」と悲しそうな声をあげた。それを聞いて黒いほうのひとがもう一度店員さんに確認しに行った。店員さんはもう一度同じことを説明した。そのまた数分後、トースト&ゆで卵セット(299円+税)がテーブルに並んだあとも、おなじことがあった。
緑のひとが不安に包まれて、黒のひとはそれをほおっておくわけにもいかず、店員に確認を取る。店員はぶぜんとした表情で、説明を繰り返す。時間をあけて5,6回、おなじことが繰り返された。僕はそれを見ているだけだった。
目玉焼き分の料金を払わないといけなくなるんじゃないかってずっと不安だったのだろう。システムが適正に自分を取り扱ってくれないのではないかと怖くてたまらなくなるという気持ちは、想像できる。間違った伝票、というちょっとした手掛かりがあって、自分のことを適正に取り扱われるべき人間だと信じることができないくらい打ちのめされているときはなおさらである。
集合時間が近づいていたので会計をして出たが、去り際にまた、「目玉焼きってあるんですけど…」と問い合わせている声が聞こえた。ガストでモーニングをするとき、いつもこのときのことを思いだす。
*1:結果を想像できる人もいるかもしれないが「ガスト 音楽」で検索してもべつのものがヒットするだけである。