キム・エラン『どきどき僕の人生』

 

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 キム・エランさんの本『どきどき僕の人生』を読んだ。版元は韓国書籍専門でおなじみのクオンという出版社。

 

これは最も幼い親と最も老いた子どもの物語である。

 シンプルながらかっこいいデザインで、韓国の現代文学をひたすら出し続けているこちらのレーベルにはちょっとまえから興味を持っていて、そのなかでもとくによさげだったのが、派手でえもえもなタイトルをしている『どきどき僕の人生』だった。

 

僕の計画はこうだ。昔の母と父の物語を書くこと、そしてそれを僕の十八歳の誕生日に両親にプレゼントすること。 

 主人公は老化が速く進むという生まれつきの病気*1を抱えていて、生まれてからたった17年しかたっていないのにもかかわらず、若くして17歳で子を設けた両親よりも老いたからだとこころをしている。

 

 そんな主人公が、自分の人生に起こる出来事を、自分のこの人生が始まるきっかけとなった両親のできちゃった婚とその後の子育ての日々を交えて描くことで、僕の人生が「どきどき」である、という結論を示す、というコンセプトで書かれた作品なのかなと思って、それはもうそれを思いついた時点ですでに勝利しているようなものじゃん、と思った。

 

 「だけど年を取るとさ、だんだん悲しい歌が好きになる。そして世界でいちばん悲しい歌は、酒を飲んで聞く歌なんだよ。だからお前も大人になったら、バラードはなにがなんでも酒を飲んでから聴け、わかったか?」

 「うん、父さん」

 僕は残り少ない歯を見せながら、にっと笑った。

 実際には、最後まで読むと、思っていたのとちょっとテイストは違う。明確なコンセプトと設計があるような作品ではなく、どちらかというとエモーションで描かれている。作者は建築家というよりは詩人で、「よし、ここでポエっとくか…」となって気合を入れたときの加速力がすさまじい。

 

もう僕も、生きていくうえで必要な言葉のほとんどを知っている。重要なのは、その言葉が自らの体積を削りながら生み出した、言葉の外側の広さを想像することだろう。 

 個々のエピソードは、もうそれをされたら泣くしかないじゃん、と思うようなストレートなものから、ちょっとなんでそうなるのかよくわからない文学的深遠さをもつものまでひととおり揃っている。幼いようでもあり、熟達しているようでもある。眩しくもあり、渋くもある。そういう、まるで物事を経験しないまま体の年を重ねた主人公本人のような雰囲気のある、恐ろしく面白い小説でした。

*1:早老症。アシュリーという女性を追いかけたドキュメンタリー番組のことを覚えているかたも多いのではないか。